わたしのお父さん【6月号宿題】

締め切り後にすみません。

どうしても書きたかったので(^ ^)

本紙には間に合わなくて大丈夫です。

 

 

わたしの父は大工です。

父が42歳のときに生まれた私。

当時はかなり歳のとったお父さん。

幼稚園の運動会で、親子競技に並んでいたとき

隣にいたお友達に

「ひろこちゃんはおじいちゃんとやるの?」

と言われたこと。

なにも答えず私はうつむいてたと、大人になって父に聞かされました。

それがトラウマになったのか、とにかく友達に見られたくなくて…

小学校の運動会にも来ないでと言ったし、父と外食にでかけるのも嫌でした。

わたしにとって恥ずかしい存在でした。

 

大人になって、私に気づかれないようにこっそり運動会を見に来ていたこと、

母に教えてもらいました。

外食するときも、食べるとささっと外でタバコを吸って待っていたこと。

父なりに、娘を思って行動していたのだと思います。

 

大工だったので、仕事から帰ってくると、いつも木屑だらけでお風呂も汚れたり、

手は真っ黒ゴツゴツで、ちゃんと洗ってるの?なんて聞いたこともありました。

毎日墨を使うので、どれだけ石鹸で洗ってももう落ちない手になったことも知らずに。

当時はそんな手すら汚いななんて思っていてけれど、

今、主人のきれいな手を見ると、『男らしくない!』なんて思ってしまうわたしは、すっかり職人の娘になってしまったようです。

 

結婚して、父に家を建ててもらいました。

家が建ってしばらくして、

エアコンを取り付ける際に、電気屋さんに

「この家は、普通の家に比べて多く柱が入ってますね〜.」

なんて言われたことも。

どんな災害にも負けないように…

父の愛情がたっぷり詰まったこの家は、本当に自慢の家になりました。

 

普段は無口で、多くは語らない父。

父に、「かわいいね〜好きだよ〜愛してるよ〜」

なんて小さい時から言われた記憶はないけれど、

行動全てがわたしのことを想ってくれて、愛情をたくさん受けて育ったのは実感します。

 

結局、わたしは自他共に認める、お父さんっこに(^ ^)

いまだに、父と母が喧嘩をして、母がわたしに愚痴ると、「ひろこはいつもお父さんの肩を持つ」と言われます。笑

 

 

あんなに人に見られるのが恥ずかしかった父、

でもずっとずっと大好きだった。

もう75歳のおじいちゃんになって、

昔のように颯爽とたかーい屋根の上に登って、仕事する姿を見られないけど、

ずっとあの大工姿は、記憶に残っています。

今も、足腰が強く、孫たちの探検に付き合ってくれる父。

山のことなら何でも知ってるそんなじぃじを、尊敬の眼差しで見つめる我が子たち。

ずっと大好きで自慢の父です(^ ^)

3 件のコメント

  • 大工さんのお父さん。
    そのお父さんが建ててくれた家に住んでいるの?
    安心して暮らせますね。
    毎日、お父さんが脇門さんや孫たちを守っているんですね。
    素晴らしいお父さん。

    運動会をこっそり見に来ていたなんて・・・・。
    孫の運動会は、堂々と見られて、お父さん、喜んでいますね。

    • 藤本さんありがとうございます。
      ほんとに、運動会のことはなんてひどいことを言ったのだろう…と思って、けど、謝る機会もなく大人になり…
      結婚式の花嫁の手紙で、ようやく謝ることができました。
      親になり、より一層なんてひどい事を言ってしまったんだろうと、一生反省します。
      今は堂々と、ニコニコ孫を最前列で見つめてくれる姿嬉しく思います。

  • 結婚式のご両親の手紙で謝罪したの?
    ますます、泣けてきます。
    来ないでと言われても、じっと耐えたお父さん、素晴らしい人。
    そんな日があるから、今が何倍も幸せ。

    お父さんの宿題で、私も父のことをより思えるようになりました。
    ありがとう!

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    ABOUTこの記事をかいた人

    脇門比呂子

    横須賀在住6年目になります。 長女五才、次女三才、長男もうすぐ1才、3人のお母さんやってます! まさか自分が3人の母になるとは?!大好きな仕事を辞めて今は母業に専念中。 どーせやるなら、毎日どっぷり母業楽しみたい!!と思うのですが、実際はそう思うようにはいかず、、悩みも多々、さっかくなので嬉しいことも悲しいことも、悩んだことも記録に残したいと思い、入学しました^_^