音楽の先生からのお話

次女の幼稚園のお迎えで、音楽の先生からお話があるという。

 

「合奏が始まるので、お母さんにお願いしたいことがあります」と始まりました。

これは、練習に付き合う心得などを聞くのかなと思えば、

「子ども達がおうちで練習したいと思った時に、楽譜が自分で出せるように環境を整えておいてください」とのこと。

「練習しようとして、お母さんに聞かないと楽譜の場所が分からないということがないように、状態を整えておいてもらってたら大丈夫です。子どもが見ていてと言わない限り、ついておいて頂かなくて構いません」

それだけ?と肩すかしをくらったような気分。

 

私が思ってたこととは逆に、「『練習しようか』とか『もう1回やってみようか』とかは言わなくていいです」とのこと。

 

それじゃ、「練習しなかったら、『何か忘れてない?』とかほのめかして言うのはした方がいいですか?」と聞くと、「忘れてないか聞くと、子どもにとっては『忘れてるでしょ』と言われてるのと同じなので」と先生。

 

なんだ、それなら、普段通りの自分でいいんやん。

と母も気が楽。

「うまくできなくても、ここに来て皆を見たら『練習したい』と思うかもしれませんし」

「子どもが自分でやりたいと思った時こそ、本当に身につきます」と。

 

ある母は「それは、ここでの生活、全般においてそうですか?」と質問する。

先生は、「他のことは分からないですけど、音楽に関してはそうです」と答える。

 

でも、これ、子どもの生活や教育、全般においても一緒なんだろうな。

 

お母さんの役割と言えば、子どもが頑張れるように、声かけしていかないと、一緒にしていかないとと思ってしまうけど、子どもに任せたらいいんだ。

それがなかなか難しいんだけど。

以前父が「手を離して、目を離さない」とキャンプリーダーの時の話をしていたのを思い出す。

 

母親が、子どもにちゃんとさせないとと思ったり、あれこれやることを言うのは、世間の目もある。

子どもができてなかったら、「母親はちゃんとしつけてるのか」、「お母さんにちゃんと言いましたよね」。そんな声を気にして、子どもにあれこれ言ってしまうこともある。

 

でも、人にあれこれ言われてやってるうちは本当にその子がやりたいと思ってやってるわけでも、身につくわけでもないんよね。

落ち着いて考えるとそうなんだけど、つい癖になってしまっている。

子どもを信じて、適度な距離を保って見守る。

これがなかなか難しい。

 

放っておいて、合奏についていけなかったら、とも思うけど。

子どもが皆の前でうまくできなくて、「練習しとけば良かった」という気持ちになるかもしれない。

子どもに先に言うのは、失敗する機会を奪ってる。

 

母も、子どもがするのを待つ練習をしてみるか〜。

 

 

 

 

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

戸﨑朋子

7歳(小1)と3歳の女の子がいます。 子どもが生まれて、今までに感じた事のない気持ちやを感じて幸せだったり、ダメな自分を突き付けられる思いがしたり。 何があろうと思うのは、子どもが生まれて良かった。 色んな思いを綴れたらと思っています。