17話 母の目からみた私

『お母さんありがとう』

母と会えなくなり、声が聞こえなくなって四年

『お母さん ありがとう』

それだけは最後に伝えられたかな

母はいつも

『あらあすかちゃん、
こちらこそ、
ありがとう。あすかちゃんは
いつも無理しおるけん、
無理ばしなさんなよ』

そう言うてくれていました

母は

家事も苦手で

病気もずっと抱えていたから

のんびりしか動けなかったけど

いつも優しく

私の話を聞いてくれました

片付けていたら

母が残した手提げの中には
写真のアルバムが入っていました。

もう40年以上前

その中に私の4歳くらいのときの

こどもの日の写真がでてきました、

古い家の軒下で

笑顔の昭和丸出しのまんまる笑顔の私

多分一生はかないであろう

ミニスカート

老け顔の4歳のわたし
ぶれぶれの、ピントはずれた

でも

お母さんが撮ってくれた写真です

うれしくて、うれしくて

お母さんと一緒にいられるのが

うれしくてたまらなかったころ

母の目から見た私は

こんなにも幸せそうにしている

母はきっとにこにこしながら

私を写してくれたのでしょう

いくつになっても

まだ自分の母の香りと温もりはすぐよみがえる

母ちゃんとはそういうもの

私の父はそういいます

風の中に、夕焼けに、

テレビから聴こえてくる音楽に

母の面影を感じる時があります

声は聞こえなくとも

直接言えなくても

心からいいます

『おかさん

ありがとう( ^ω^ )

お母さんの子どもで生まれたことが

この上ない幸せです』

母の日は直接言えなくなったけれど

お母さんの分も

おとさんにありがとうって伝えよう

私も歳をとったよおかさん

おとさんにそんなこと言えるようになったよ

きっとにこにこあすかちゃんやもん!と

ほめてくれるのでしょう

私を全肯定してくれてありがとう

いつか

いつかまたあなたの手の中に

いつかまたあなたの温もりの中に

ABOUTこの記事をかいた人

田川亜寿香

お母さん大学10年生 子ども8人 六男二女 孫ひとり 『ひきかえすわけにゃいかないぜ 夢が俺たちを見張ってる』 『ザ クロマニヨンズ』 甲本ヒロト氏 真島昌利氏が大好きです しかし肥満により、夢に向かって 走れないのでぼちぼち膝の痛みと たたかいながら ゆっくり歩んでおります。