文豪・水上勉の著書「ブンナよ、木からおりてこい」の巻末にある「母たちへの一文」から生まれたこのコーナー。今も昔も変らない子どもたち。でも子育ての環境はどんどん悪くなる一方です。
「子育て」は、決してお母さんひとりで担うものではないけれど、やっぱり「お母さん」が変れば何かが変る。そんな気がしています。さまざまな世界で活躍する皆さんから、お母さんたちへの、精一杯の応援メッセージが届きました。
母たちへの一文
子育て文化を継承し
新文化を創造していくこと
たいがいの人は、子育ては女性なら本能で簡単にできると思っているし、女性自身もできて当たり前と思い込んでいます。でも子育ては、残念ながら本能ではありません。教育学、心理学、哲学、医学、体育学…子育ては「文化」です。
昔、子育てはお年寄りや地域の人々の仕事でした。お年寄りにはさまざまな経験や知恵があり、地域には子どもの安全を見守り、子どもに知識や技術を授けたり、子どもの家庭を支える力がありました。
みんなたくさんの人の手を借りて子育てをしていました。子どもは地域の未来、社会保障、地域の宝物だからです。
なのに現代は、若い女性一人で大変な子育てを担っているのです。そろそろ、一人でがんばるのはやめてみませんか。
100人のお母さんには100 の願いや夢があり、100の得意技があります。支援を受ける受け身の子育て文化から、新しい子育て文化を創造する主体に変わることです。この新聞に、そんなムーヴメントを期待しています。
(いわき としゆき)プロフィール
1956年京都府生まれ。同志社大学経済学部卒業。1987年絵本とヨーロッパの玩具の店「ぱふ」を開業。1989年より6年間マッキー総合学園・日本こども文化専門学院講師。現在は、KID’Sいわき・ぱふ代表であり、日本おもちゃ会議会員、日本こどもの発達研究所講師など要職を兼務する傍ら、子どもの遊びの環境や玩具・絵本について、幼稚園等の教職員研修、保護者たちへの講演会講師として活躍中。家族は妻と2男、1女。絵本『メチャクサ』(アスラン書房)をはじめ、『幼児のおもちゃガイド』『赤ちゃんのおもちゃガイド』『子育てのコツ』『続・子育てのコツ』(三学出版)など著書多数。『かしこいおもちゃの与え方』が三学出版より近日発行予定。
[キッズいわきぱふホームページ]
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kidspuff
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「よそのお母さん」から
もらった贈り物
小学4年生の頃、ピアノのお稽古からの帰りに一人でバスに乗っていたときのこと。降りようとしたらお財布がありません! お稽古場に置き忘れてしまったみたい。かばんをごそごそかき回し、頭の中は真っ白でパニック。横に座っていた「よそのお母さん」が、「これ使って」とバス代を手渡してくれました。
お礼を言うのが精一杯で住所や名前を聞かずに降りてしまい、帰って母に話すと、「まあ、いい方がいたものねえ。でもお返しもできないわね」と。今でもそのときのことをよく覚えています。助けてくれたあのときのお母さん、ありがとう!
こんなこともありました。雨に濡れながら信号待ちをしていると、上からパッと傘が…。びっくりして見上げると「入らない?」とやさしく微笑む「よそのお母さん」の姿がありました。素直にうれしかったのを覚えています。
だから今、私は同じ場面で、人に傘をさしかけることができます。「よそのお母さん」のやさしさのおかげです。
(せき じゅんこ)プロフィール
大阪府豊中市出身。大阪大学人間科学部卒。関西テレビ放送編成局アナウンサー部。桂南光との名コンビによる人気番組『痛快!エブリデイ』(月~金 9:55~11:10)ほか。『月刊カンテレ批評』(毎月末日曜 6:30~7:00)などで、お茶の間にはおなじみ。1男、1女のお母さん。
[関西テレビホームページ]
http://www.ktv.co.jp/index.html
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お母さんを選んで
生まれてくる子どもたち
子どもたちが語る生まれる前の記憶、そこから見えてきたのは、
出産・育児にはお母さんの成長を助けるための側面があるということ。
そのためにお母さんを自ら選んでやってきたと語る子も多いのです。
悲しそうなお母さんを捜し、自分が生まれることによって
「笑ってもらう」ためにわざわざ選んできた、と。一番人気のお母さんは「やさしそうな人」。
でも生まれてみたら「怒ってばかり」「やさしそうな人と勘違いしちゃった」。
こんな子どもの声にハッとするお母さんは多いでしょう。
そんな親を選ぶ子どもたちがお母さんたちに願っていることの一つに、
「お母さん力」をつけてね、ということがあるようです。
かつて自分が子どものときにそうであったように、
子どもたちは日々の生活の中で、お母さんの成長を助けています。
「お母さん力」をつけると家庭が、家庭が変われば地域も、
ひいては日本が変わっていくと思います。
今の混沌とした日本に必要なのは「お母さん力」です。
一人ひとりのお母さんの力を大切に育てていきましょう。
(いけがわ あきら)プロフィール
東京出身。帝京大学医学部大学院卒。医学博士。上尾中央総合病院産婦人科部長を経て、1989年横浜市に池川クリニックを開業。2001年全国保険団体連合(保団連)医療研究集会で「胎内記憶」について発表、マスコミで広く紹介され、話題となる。現在は産婦人科医の傍ら、胎内記憶に基づく子育て観や人生観を全国で講演し、好評を博す。著書やDVDも多数、好評発売中。
[池川クリニックホームページ]
http://www1.seaple.icc.ne.jp/aikegawa/
[池川明著書の紹介]
http://www.30ans.com/sale/
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凡庸に生きることが如何に大切であるか
私は昔から童話が好きだった。二十代には創作もしたし、また世界名作のダイジェスト版をひきうけたりした。小峰書店版の『家なき子』、あかね書房版の『きつねのさいばん』などはそれである。また少年読物ともいえる偉人伝や、幻燈脚本の『アンデンセン童話集』などもやった。二十代後半から三十代後半まで、童話と少年読物を主な仕事としてきた。
私はまた子供に話をするのが好きだった。それは昭和十九年から二十年秋まで、福井県下の青葉山分教場教員をやり、寒村での子らではあったが、親しく二年間の共同生活をおくり、戦争も激しい時代で、娯楽のなかった村々を、子供らとともに、芝居をやったり、またその子らに、創作童話をきかせる授業をもった。
子供たちは、一年生から四年生までが、一つの教室で学習する複々式授業だったが、私の話は、一年生にも、四年生にも通用した。全学級が一つになってきいてくれた。じっさい、子供たちは、話をきくのが好きだった。山上部落だったので、都会のことや、海のことをはなすと、眼をかがやかせた。汽車や電車のこともめずらしがった。話が切れてくると、私は長篇童話をあらかじめ書いておいて、それを毎週、日をきめて、小出しに話した。子供たちは、そのドラマに興味をもった。出来のわるい子も、出来のよい子も、同じように、主人公の犬や子供に愛着をもち、毎週その日がくるのを楽しみにした。この分教場での生活はのち、『椎の木の暦』という作品で詳細に発表したが、その体験で、私は、子供というものは、本を読むより、話をききたがるものだということを知った。話をしておいてからあとで、本をあたえると、不思議に本がきらいな子でも読むのだった。私は、自分のもっていた童話を片っ端から話してきかせたあとで、皆に廻しよみさせた。
この経験は、本のきらいな子をもつ母親たちに、何かの足しになるかもしれない。まず、母親が本を読んでおいて、話してやる。そのあとで、本をあたえる。子供は必ず読むだろう。もうその話はきいてしまっているから、読まなくてもいい、と考えるのは大人の浅智恵である。これは私の偏見かもしれぬが、教えた分教場の子らが、そのようだったので、そういうのである。
『ブンナよ、木からおりてこい』は、つまり、母親がそのまま朗読してやってもいいように書いた。朗読しなくても、頭に入れやすいような筋書きにし、それをまた子供に話してやりやすいようにたくらんだ。工夫といえば、それがこの作品の取柄だろう。だが、私は、この作品を書くことで、母親や子供とともに、この世の平和や戦争のことを考えてみたかった。それから子供がよりぬきんでたい、誰よりもえらい人間になりたい、と夢を見、学問にも、体育にも実力を発揮し、思うように他の子をしのいでゆくことの裏側で、とりこぼしてゆく大切なことについても、いっしょに考えてみようと思った。まことに、今日の学校教育は、人なみの子にするというよりは、少しでも、他の子に勝る子にしてあげようとする母親の願いを、ひきうけているようなところがあって、子は、ひたすら学習であけくれている。いったい誰が人なみでいることをわるいときめたか。また、人なみでないことをダメだときめたか。そこのところをも、私は子供とともに考えたいと思った。生きとし生けるもの、すべて太陽の下にあって、平等に生きている。蛙も鳶も同じである。だが、この世は、平等に生きているといっても、弱肉強食である。賢い者は愚かな者を蹴落とし、強い者は弱い者をいじめて生きている。動物の世界だけではない。人間の世界がそれである。
ブンナは、こんな世の中で、もっとも弱いものの象徴である蛙である。ブンナという名は、釈迦の弟子の一人の名にちなんでつけられているが、賢明な弟子のその苦悩を、ブンナは蛙の身でなめるという物語である。
母たちに、右のような作者の思いがつたわっておれば、子供に話しきかせる方法もまたちがってくるだろう。今日の学歴社会を生きぬこうとする凡庸の子らに、どのような夢を作者は託したか。凡庸に生きることが如何に大切であるかを、母親は先ず自分の心の中で抱きとって、子に話してほしい。そうであれば、ブンナが木の上で体験した世にもおそろしく、かなしく、美しい事件のすべてが、子供に、なんらかの考えをあたえ、この世を生きてゆくうえで、自分というものがどう確立されねばならぬかを、小さな魂に芽生えさせてくれる、と作者は信じる。
『ブンナよ、木からおりてこい』(若州一滴文庫刊)巻末「母たちへの一文」より転載
(みずかみ つとむ)プロフィール
福井県の貧しい家に生まれ、9歳で寺の徒弟に出されるが脱走する。次いで入れられた寺からも逃げ出し、その後、職を転々とする。生地の湿った風土と貧しい生い立ちが著者の作風を決定付ける重要な要素となっている。1961年、水俣病に取材した『海の牙』で社会派推理作家として売れっ子となった。代表作として『雁の寺』『越前竹人形』や、貧しさから逃れられない女性の宿命を叙情性に富んだ筆で描く『五番町夕霧楼』などがある。
主要受賞作品
1961年『雁の寺』で直木賞、『北国の女の物語』で吉川英治賞、1975年『一休』で谷崎潤一郎賞、1977年『寺泊』で川端康成文学賞、1984年『良寛』で毎日出版芸術賞など多数。1986年には日本芸術院恩賜賞を受賞した。
[お母さん大学ブンナプロジェクト]はコチラ
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