お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

お母さんはすごいって言わないで

まずタイトルですが、半分嘘です。

自分の母のこともすごいなってずっと子どもの頃から思っていた。

お母さん

くだらないんだけど、一緒にパンで食事をとっていると、残りわずかなジャムだかピーナッツバターだかを欲しがる私に自分の分までくれた。どうしてくれるの? と小学生の私が聞くと大人になるとそんなに要らなくなるのよとも言ったが、あなたがかわいいからよとも言った。

敢えてこのエピソード? って拍子抜けするかもしれないけど妙に印象に残っている。(それだけ人間にとって食べ物の恨みはデカいってこと。兄なんていなきゃいいと一瞬思っちゃったことがあるのもおやつを半分こにしないといけなかったからだ。)

とにかく残りわずかなジャムを譲ってくれる母は偉大よな。

おばあちゃん

母方の祖母は福島県の士族の家庭に産まれ、親と同居する形で婿をもらったので、世代の割りにしがらみの少ない環境で母親業に専念できた。祖母は穏やかな性格の持ち主で、時には趣味の革細工などに生活の楽しみを見出しつつ、電話交換手として勤めながら、子どもを2人(私の母とおば)を立派に育てた。めちゃくちゃ尊敬する。

(写真の一番左が祖母。真ん中が曽祖母で、右がその母親。)

一方で父方の祖母は壮絶な環境で生き抜いた。茨城県の農家の長男の家に嫁に入ったものだからしがらみが多かった。農家の労働力として、嫁として、癇癪持ちの夫の妻として、また戦後直後の4人の子を持つ母として、並大抵の苦労ではなかったようだ。勉強好きだった夫は親の代まで続いた農業を辞め地元の大学教授になるが、言わばDVで妻を労わることなどしなかった。祖母はよく生き抜いたと思えるほどすごい。というか「すごい」の一言で彼女の苦労を結論付けたくない。

「お母さんはすごい」にアレルギー反応しちゃうのはそんな祖母と母を見ていたから

おばあちゃんひとりにのしかかった重圧を是定するかのような「お母さんはすごい」は受け入れられない。

そんな母親像を植えつけられて育った私の父は、「母親っていうのはすごいんだ」と言う。本人的には母親を純粋に尊敬しての発言なのだろう。でも若い頃の父は私の母に対しても夫や家庭に尽くすことを求めた。子育てや家事について指摘は欠かさないものの手は貸さなかった。「母親はすごい」割りに、日々の生活でお母さん業をこなす妻への尊敬の念はどこへ行ってしまうのだろうか。そうか、自分は世話される対象だから妻を労わるなんてことはそもそも結婚規約範囲外なのだ。

おわかりいただけるだろうか。これが無性に腹立たしい。苦労を母親ひとりにおしつけての「お母さんってすごい」発言。最悪だ。

「お母さんはすごい」でいいじゃない

幼少期に受けた経験のせいで「お母さんはすごい」の背後にある文脈に私が少々敏感なのはさて置いて、お母さんがすごいことには変わりない

赤子を目の前にした人間の成長記はここにいる素敵なお母さん大学生たちがたくさん投稿してくれている。

私も現在1歳半の娘を育てていて、母になってから驚くほど自分の成長を感じまくりだ。

お母さんになる前は全然できていなかったけど、今は朝決まった時間に起き、規則正しい生活を毎日欠かさず送ることができている、というかやらされている。寝かし付けで寝落ちしてから朝まで一緒に寝るし、日曜日は一緒に昼寝する。そんな自分はぶっちゃけかなりすごい。

おばあちゃんの1/100000くらい。

5件のコメント

武重さん

新年から、いい記事をありがとうございます。
なんか、すごく共感します。

お母さんはスゴイ!という言葉の深さ、意味は大きいです。

時代が違うと言われたら、それまでですが、
昔のお母さんはスゴイ!は、武重さんがいうように、十万倍のスゴイと思います。

今は、それでも、子育ては大変だから、お母さんを楽にしてあげなければという時代。
それはもちろんだけど、時代とともに、人々の価値観も変わりました。

生きるということに必死な時代の人たちの、言葉は違います。
言葉に重みがあるというか・・・

便利な社会になり、人間もつながりも希薄になり、
楽な方、楽な方へといけば、
人間の深みも、なくなっていくのかなと思います。

お母さん大学のいう、
お母さんはスゴイ!を、これからどう伝えていくのか、悩むところです。

みあちゃんが、世界を歩いた経験も、
これからの子育てにつながるのではないかな?

遠く、稚内の町にいるみあちゃんが、近くに感じました。

そうそう、一緒にみそガールとして、伊勢志摩サミットに出た日、
楽しかったね。なつかしい思い出です。

早く、うちのみそガールも、お母さんになってほしいなぁ。
その前に、結婚しないとね。
いや、結婚は後でもいいけど・・・・・・(笑)

お母さんはスゴイ!の意味、これからも、永遠のテーマです。

ふむふむ、たしかに苦労されたご年配の方の言葉の重みは違いますよね。2020年もわたしらお母さんに居場所提供よろしくお願いします! 仲間がいるって知っているだけで心強いです。

「お母さんは凄いって言わないで」 のタイトルを見てググッと来ました。
子育ては凄い とか言われても心のどこかで そうでもないよと、ひねくれ者の私は感じていました。
セピア色のしっかりとしたおそらく三代の女性たち。一目でしっかりしている。
昔のお母さんはそうだよね。
でも文章を読むうちに、分かるそうなんだよ。いつの時代もお母さんは必死で生きているもの。
私は今でも実母や義母の生き方に疑問を持っていて素直になれないでいます。
私自身も子育てに右往左往してきたし、孫もまだいないから娘は娘のまま、距離がある。
でも半世紀と少し生きてきて、生命を宿し育てるそして自分も子どもから育ててもらう事に凄さを感じています。
誕生日に母を語る、宿題は未だ提出できていませんが、武藤さんと同じく確かに母は凄いを お母さん大学で響感しているところです。
古い写真を大切に保管されている事にも並々ならぬ 武藤さんの思いを感じました。
お母さんって凄いよね。ありがとう。

武藤じゃなくて武重(たけしげ)と申します。しかしそんなことはどうでも良いのです。なによりすてきなご返信ありがとうございます。子育てって聖職ですよね。積山さんの誕生日に母を語る投稿も楽しみにしております!

コメントを残す

ABOUT US
武重美亜
2018/6/30に女の子を出産。出産時の痛さが未だに信じられず、女性ばかりが辛い思いをする妊娠から出産までの仕組みにブチ切れて1年が経過。一体なんなの!? 神さま何してくれるの!