「もう一品作れちゃった」キラキラママ投稿は正

タイトルにある「もう一品作れちゃった」の他にも、「1時間以内に5品作れてしまいました」とか「朝の5分でスープを仕込めました」みたいながんばるママの投稿をSNSで目にしませんか?

おんなじ忙しいママなはずなのになんでそんなマジックができちゃうの?!と感心するのと同時に、〇〇できちゃったアタシ(ハート)な投稿に対して、ジェラスを感じてしまうことをここに告白する正直な武重です。

さて、ヴィパッサナーという世界的に有名な仏教の瞑想方法を体験しに、インドで10日間座禅を組んだことがあるのですが、そこで仕入れたもっとも有意義な教えがあります。

嬉しいとか悲しいとかイラっとすることがあったら、なんで?と自分に問うてみるのです。自分の感情の動きのカラクリを分析することで自分を理解することができ、自分をマネージメントしやすくするというものです。

キラキラママに対するジェラスを感じた自分はなんだったんだ?!と気になったので、深呼吸して考えてみることにしました。

気づき1: 投稿しないだけで私もそんな自分をこっそり褒めること、あるある。

なんだ、自分だってやっているじゃないかと思うと人間は突然他人に寛容になります。

例えば、前職で男性上司が男性部下をキャバクラに連れて行っていたのも、お互いがお互いのことに寛容になり連帯感というか馴れ合いを生じさせるためですよね。え、違う?笑

ママに話を戻します。

私だって、つい先日娘がインフルにかかりつきっきりで抱っこしないといけなかった状況で、お隣さんから生のニシンを丸ごと3尾いただいて、急いで頭を落として腹を出し、醤油と酒と砂糖と生姜をぶっ込んだ雑な煮付けを作ったんです。

翌日食べたらめちゃくちゃおいしくて、お隣さんサンキュー!と叫びながら私ったらイイ感じと惚れ惚れ。

味も悪くないし、家族に栄養あるものを食べさせられるし、時間の貯金ができちゃった!

そりゃあ嬉しくなって投稿くらいしちゃいます。

気づき2: 頑張ったというより楽できたという投稿

「もう一品作れちゃった」の投稿にある真理は、自分頑張ったという話ではなく、実は、もう一品できたからその後の生活にゆとりが生まれたという話なんです。

ゆとりが生まれた→楽できている

あーアタシ楽できた〜というシンプルにポジティブな投稿だったんです。

実はこれ、普段言うことを聞かない子どもに髪を振り乱し怖〜い顔であくせくするママ像を想像できるからこそ共感できます。

一品作ってがんばっちゃって。もっと楽しなよ、なんて捉えてはナンセンスです。

大変な日々の連続に、短時間で料理をするという時間の節約をできてラッキーという気持ちはめちゃくちゃわかります。

気付き3: 「楽」という名の秩序

母親業をしていると、子どもに振り回されて生活の秩序がなくなります。部屋は汚いし、思ったように身なりも整えられない。自分のペースでやりたいように家事をできて整理整頓できた日にゃあ、肩の荷が降りてホッとするしハッピーになるんです。

前段落で書いた「楽」というのは、実は秩序を保てた時に得た快感だったりします。

今まで掃除が好きと意識することはなくどちらかと言うと仕方がないからやっていました。けれど母になってしばらくして気づいたんです。

子どもが食べこぼす中、床に広告紙を広げておいて丸めて捨てたらあら床がきれい、なんという快感よ!

ああ、思い通りに食器を溜めずにキッチンをきれいに保てた時の快感よ!

他にもたくさんありますよ。秩序を保てた時の快感。まあ一瞬で破壊されますが。

X軸が子どものやんちゃ度、Y軸が自分のエネルギッシュ度だとして、XとYを結ぶ曲線を上回ったときは秩序が保てる、下回ったときは保てないと言った具合です。

この、名付けて秩序曲線は常に自分の頭の中にあって、上回ったときはハッピー(=楽)に、下回ったときはストレス(=苦)に。もう一品エクストラに作れちゃったときは曲線を上回り快感も快感ですわ。

母になったらいつのまにか秩序を「快感」とか「楽」と感じるようになってしまったというね、アルアルなんじゃないでしょうか。

まとめ

キラキラママの投稿にジェラスを感じずもっとおおらかになりましょう(自分ね)。なぜならそれは日常の戦いがあってこそで、思ったよりも健気で美しい努力の結晶だからです。

ABOUTこの記事をかいた人

武重美亜

2018/6/30に女の子を出産。出産時の痛さが未だに信じられず、女性ばかりが辛い思いをする妊娠から出産までの仕組みにブチ切れて1年が経過。一体なんなの!? 神さま何してくれるの!