園に入る前
欲しいおもちゃを買ってもらえなかった時
公園や支援センターから帰る時
抱っこをしてもまるでピチピチの魚のように仰け反る。
園に通い始めたら
園の門をくぐるとクラスに入りたくないから逃げ回るので
毎日のように追いかけっこ。
小学生になったら
うまくいかない宿題はぐちゃぐちゃにして投げ飛ばす。
学校に行きたくなければ寝室の布団に丸まって籠城。
欲しいものが手に入らないと全身でガッカリを表現。
やりたくないことがある時は、ここから動くまいと縮こまる。
園でも小学校でも先生には
お家でそんな姿なんて信じられませんと毎回言われる。
“お家でも頑張っていたら大変だからこれで良い。“
“甘えられる環境がお家ならそれで良い。“
頭では分かっていても
このままで大丈夫なのかと不安になることもあるし
正直疲れてしまうこともある。
それでも、今のわたしは困ったことで“悩み続ける“ことは
なくなってきたように思う。
園に入る前に、一時保育を使いたいと相談に行った際に
「大変なんです」といくら伝えても伝わらなくて
「この時期はそんなもんです」と言われてから
あまり、大変さについて外では話さなくなった。
私が辛抱強くないから、そう感じてしまうだけなんだ。
発達障害など、検診で引っかかっているわけでもないし
もっと大変な人がいるから、これくらいなんとかしないと。
そう思って話さなくなった。
ある時、笑い話として大変さを伝えた時に
同じだと言ってくれた人に出会った。
またある時には、困っている行動に対して
かわいいね!と笑い飛ばしてくれる人に出会った。
その出会いから
いろんなところで困ったことを話す機会が増えていった。
そうしたら同じくらい
こんなところは良いところなんだと話せるようにもなった。
それを繰り返していったら
“どうしたら良いんだろう、これでいいのかな“という不安が消えるまでの時間が短くなった気がする。
それと同時に
わたしが困っているときは、子どもも困っているから
一緒に困ったを解決しようと相談できるようになったように思う。
たとえ、解決できなくても、気持ちを分かり合えるだけで大変な時間は短くなる気がする。
今、子どもの発達の支援に関わっていて思うこと。
診断されていても、明るく過ごせている親子もいれば
何も診断がなくても、困っている親子もいる。
だからこそ、診断とか、そういうことは関係なく
困っていることにレベルなんてないのだから
もっともっと外に出していけたら良いと思う。
話してみたら良いと思う。
困っているでいいじゃないか。
困って、話して、悩んで、考えて。
この時間を共に過ごしている仲間がいる。
それを実感できる場を広がればいいなと思う。


































悩みぬいた山本さんの言葉だなと、なんというか、母は美しいと思いました。
わが子も同じ。
2人だから、大丈夫!