お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

我が子をしっかり見ること

じじっかでは34プロジェクトという若年者向けのプロジェクトがある。これはじじっか なな親というサポーター 両親 3人4脚で、若年者のみんながやりたいことを応援し、達成していくまでの8ヶ月間のプロジェクト(達成出来ない人も状況によりいる)

今日は34プロジェクトの修了式だった。たまたま夜勤入りだったわたし。嬉しい!行ける!と思ってた。

前日からの娘の熱発。38.5℃。まぁ高い。だけど私は修了式に行かないという選択に踏み切れずにいた。寝とくといいやろーけん。お母さんに任せようかな、とか。

そもそも行かないという頭がなかった。行くしかないと思ってた。担当は私だったし、修了証書の文面も考えた。

その時に同じじじっか運営メンバーの仲間からのLINE。「裕子さん。みゆうちゃんのそばにいなくていいの?本音はどうしたいの?」

わたしの中の本音が溢れた。がんじがらめに意固地になっていた心が解きほぐれた。「みゆうちゃんのそばにいたい。」

「分かった。わたしが修了証書は渡しておくから、裕子さんはみゆうちゃんのそばにいて。」

そう言ってくれた大切な大切な仲間であり友だち。

安心してお任せした。信頼しているから。

みゆうちゃんはやはり38℃台の熱が続き、朝昼は食欲がないとフルーツしか食べなかった。夜中も10回くらい起きたらしい。だけど、わたしが横にいる事で安心してくれたみたいだった。

わたしはみゆうちゃんが寝てる時は娘の体温を触って確認したり、冷たいタオルや冷えピタを貼ったりして、ゆっくり過ごした。いつのまにか一緒に寝てしまい、あぁ、わたしもわたしでこんなに疲れてたんやなぁと思ったり。

娘はあまり風邪を引かない。熱も出ない。病欠もほぼない。

だから、こんな風にフルーツを切ったり、彼女の体を拭き、好きな物を作り、看病するのは久しぶりだった。

何だか娘が0歳の頃、突発性発疹から水疱瘡になって、ほぼ2ヶ月引きこもりになった事を思い出した。

我が子を見ること

あの頃はあんなにしっかり我が子を見ていたのに、娘が成長してくれた事甘えて、ちゃんと見れてなかったなぁと思った。

看病とは名ばかりで、一緒にゆっくり寝る、ほとんどこれしかしてない(笑)

だけど娘は夕方には餃子の皮のピザが食べれたし、お茶漬けもたこ焼きも食べることが出来たからか、37℃台に下がった。

良かった(涙)

頭が痛い、喉が痛い、食欲がないと涙目で訴えてくる娘に、どうしようかと頭を悩ませた。

頭が痛いと言いつつ、携帯を触る娘を嗜めた。

考えれば、2月の土日はすべて予定が入っており、こんな穏やかな日曜日が過ごせているのは娘の発熱のおかげだ。コロナの時以来かも?コロナの時も思ったことだけど、きっと神様からのプレゼント。

普段、ほかの子を見ることを心がけているが、ここぞという時は我が子を見る選択が出来る。そんな自分になりたいと思ったし、後押し出来る自分でいたいと思う。

卒業まで、あと1ヶ月。

こんな風に看病できるのも、あまり病気をしない娘だから、何回かな、、とか考えるとマジで貴重な時間。

私たちにとって必要な時間。

治ったら、2人で温泉に行こうね。