お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

【9月号宿題】母色30「お母さんのお弁当の思い出」

夏休みど真ん中。皆様いかがお過ごしでしょう。
本日は、9月号の母色30 宿題提出のお願いです。

まだまだ暑いけれど、9月になれば少しはやわらぎそう。
運動会や遠足など「お弁当」の季節ですね。

現在、子どもや家族にお弁当を作っているお母さんも多いと思いますが、
今回は「子どもだった頃、お母さんに作ってもらったお弁当」がテーマ。
※お父さんやおばあちゃんに作ってもらったお弁当でもかまいません。

昨今は、お弁当から給食に変わった園や学校も多いようですが、
運動会など特別なお弁当の思い出でもOKです。

9月号の「母色30」は、
ズバリ「お弁当の思い出」です。

蓋を開けるのが楽しみだった手の込んだキャラ弁。
お母さんが寝坊しちゃって、ぜんぶ冷凍食品の日もあった…。

クスッと笑えるエピソードから、今になって胸に染みる感謝の気持ちまで、
あなたの心に残る「お母さんのお弁当の思い出」を教えてください!

■回答例
蓋で隠して食べた茶色いお弁当
周りがカラフルなおかずの中、うちは煮物ばかりの茶色いお弁当。当時は恥ずかしくて隠して食べていたけれど、母になった今思えば身体を想う最高の愛情でした。(名前)

月末のちくわ&もやしアレンジ
月末高確率で登場した「ちくわ磯辺揚げ」と「もやし炒め」。当時はピンとこなかったけれど、母となり食費をやりくりして持たせてくれた愛に今胸が熱くなります。(名前)

運動会のごちそうと母の背中
運動会だけは重箱に唐揚げとエビフライがギッシリ!早朝から作ってくれた母の背中を覚えています。毎朝お弁当を作ってくれた感謝を、今かみしめています。(名前)

■注意
・私が作るお弁当ではなく、お母さん(お父さんやおばあちゃん)に作ってもらったお弁当の話。
・複数投稿歓迎。但し、1本に1ネタで。
・本名発信。
・字数60~80字程度。
・投稿されたすべてを掲載できないことをご了承ください。

■回答方法
・お母さん大学生は、コメント欄に記入。

・直メールの場合は、info@30ans.com へ。
(1)名前、(2)ケータイを記し、件名は「お弁当の思い出/名前」でお願いします。

・お母さん大学生以外の方も大歓迎! 掲載紙を郵送します。
〒住所・氏名・電話番号を明記してください。

■締切
2026年8月16日(日)

33件のコメント

甘い卵焼き でっかいツナおにぎり

わが家はとにかく甘い卵焼き!疲れ吹っ飛ぶ甘さ(笑)わたしもまだ甘くない卵焼きは作れない。そして朝ごはん食べる時間がない時に持たせてくれたでっかいツナおにぎり。食べるの恥ずかしいぐらいでっかくて、またそれが本気で美味しかった。甘い&しょっぱいの永遠ループが母の味。

最終形態/「お弁当が茶色いねって言われた」と母に言った翌日、ミックスベジタブルが入っていた。確かにカラフルにはなったが…最終的に茶色弁当に落ち着いた。(平田沙織)

小学校の運動会弁当。母が作る弁当に必ずからあげが入っていて6人兄弟のわたしの家は普段から重箱体制。
10人近い家族分のから揚げを朝から揚げていた母の偉大さを痛感。多分鶏肉だけで2キロ以上はあったでしょう…(笑)

竹皮に包まれたおむすび/飲食業だった我が家。
遊園地への遠足の日、学校から「なるべく荷物にならないように、捨てられるお弁当で」と指定があった。
特にリクエストをしたわけでもない私のお弁当は、竹皮に包まれたおにぎりが2個。横にはウインナーが添えられていた。
今、大人になって思えば、めちゃくちゃスーパーエコなお弁当だったんだと思う。
でも当時は、山下清のドラマが流行っていたこともあって、「なんか山下清みたい」と小バカにされて、ちょっと恥ずかしい思いをした。

鮭の焼き方
母は料理が大嫌いだった。でも高校から大学までほぼ毎日、好物の鮭を朝昼焼いてくれた。美味しい焼き方を試行錯誤していた。態度は素っ気なかったが、愛情を感じた。

卵焼きの甘さは甘やかし度/
皮付きのさつまいもと枝豆がよく入っていた。
卵焼きはたまにしか入っていなくて、目玉焼きがよく入っていた。
卵焼きの味は出汁と塩系。初めて友達の卵焼きをもらって食べた時は甘くてビックリした。それから勝手に「甘やかされている家は卵焼きが甘い」という自論を持っていた(笑)
そんな私が息子につくる卵焼きは甘々系!♡

世界一の卵焼きが入ったお弁当/通学1時間半だった高校時代、母は毎日フルタイムで働きつつお弁当を毎日6時半出発の私に作ってくれました。本当尊敬!毎日入っていた卵焼きが本当に思い出の味。

甘い卵焼きがお弁当の定番に/
高校時代、お弁当に必ず入っていたのが卵焼き。料理があまり得意じゃなかった母が心を込めて作ってくれていた唯一のおかず!私も料理が得意ではないけれど、娘のお弁当には卵焼きを必ず入れていて、そのたびに母が作ってくれたお弁当を思い出す。

いつか継承したい/お弁当に必ず入っていた卵焼き。息子たちも大好きで、私にもおばあちゃんの卵焼き作って!と同じレシピで作るが、どうしても母の味にならず。何が違うんだろう?

和食で手作り品オンリーの茶色のお弁当。
色鮮やかな冷凍食品が羨ましかった。
グラタンお弁当に入ってるの?!なんてオシャレな!っと友達のお弁当箱見てびっくりした。
昭和感満載なおかずに、当時はコソコソ蓋で隠しながら食べたなー
何でそんなことしてたんだろうって、こうして思い出すと切ない気持ちになるー。
お母さんありがとう!

のりアートはあの時代から/少食で食べるのも遅かった私。お弁当の時間は辛い時間でした。そこで母が、何とか食べる気になればと、おにぎりを海苔でサッカーボールや、女の子の顔にしてくれました。
今でこそ当たり前になりましたが、当時はのりアートを友達にのぞき込まれて、得意げになれたものです。おかげで嬉しい気持ちで食べられたのを覚えています。

結婚式のお弁当/きっと1日あまり食べられないだろうから。と、一口で頬張れるサイズで詰められたお弁当。うずらの卵をベーコンで巻いた母の定番おかずを式前にぱくり。母のお弁当を胸いっぱいに感じたいつものお弁当に涙涙でした。

実は、お弁当の記憶はほとんどない。母は料理が苦手だったと思う。でも、働きながら家をいつもきれいにしてくれた。その「整った暮らし」が、今の私の人生をつくってくれた。

マカロニサラダ/母だけでなく、今では父もお得意のマヨネーズと塩胡椒が決め手のサラダ。薄く切ったキュウリが娘(=孫)のお気に入り。今度は私が作る番!(田久保薫子)

青春の気遣い弁当/高校で彼氏ができた私。彼氏の前で食べるのが恥ずかしいのを母は理解してくれて、タネが入った物は入れない、骨付きは入れないなど食べやすいお弁当にしてくれていました。

・特別な日のお弁当は…/男の子と女の子のお顔のおにぎり。海苔で髪の毛と眉毛と目を作って、口は梅干しのしその茎。ほっぺは梅干しの皮。塩加減も絶妙でおいしかったし、なによりかわいくていつもリクエストしていた。
・字が読めるようになってからは/お弁当の上に小さなお手紙を忍ばせていた母。遠足でも、修学旅行でも、そして受験の時も。母からのメッセージを読むのが楽しみだったな。

就職してから実家を出るまで、手作りのおかずを愛情たっぷり詰めて持たせてくれてた母、本当にありがとう。

お決まりのり弁+お野菜弁当!

ご飯にじゃことお醤油、そしてのりが挟まれているのり弁がお決まりで、おかずはお野菜系。スペシャルになると、三色弁当になることも…いただきます!で蓋を開けるお楽しみ。懐かしい思い出です。

入れて欲しくないおかずがあるなら…/お弁当持参になった高校生当時、大して広くもない使い勝手の悪い狭いキッチンで、7人分の朝ごはんと父のお弁当を用意していた母。入れて欲しくないおかずがあるなら自分で詰めて!と言われ、好き嫌いの多かった私は必然的に、毎日自分でお弁当を詰めて持って行っていました。
お弁当というと当時の実家のキッチン環境を思い出し、今ほど冷凍食品もなかった時代、改めて母のすごさを感じます。

20年経っても捨てられないお弁当箱/脳障害ゆえに偏食だった息子。母乳後は3種のモノしか食べられず、幼稚園のお弁当も毎日残していた。1年半後、奇跡が起きた。空のお弁当箱を持ち帰ったのだ。仲間の温かな応援に応え、初めて完食。その奇跡の弁当箱は、20年以上経った今も宝物だ。

俵型のコロッケ
母のお弁当?料理で好きだったのが俵型のコロッケ。市販のコロッケは小判型をよく見かけるので俵型がなんだか特別感感じて好きでした。
お手伝いしたとき、パン粉つける前にパクリ。よくつまみ食いしてました。その俵型コロッケは私も受け継ぎ、息子も俵型コロッケが好きです。

羽根が硬い餃子/硬かった。弁当に入ったそれはひき肉をあらかじめ野菜と炒めて詰めたものをただ焼いただけのもの。おかず交換した友人が妙な表情になったのを覚えてる。恥ずかしかったが今では懐かしい母の味(江崎香保里)

彩りはないけれど/砂糖醤油で作る茶色い卵焼き、チーズを詰めたちくわ、焼きしいたけ。今でも思い出せる定番の具たち。地味だけどこうして記憶に残ってる母の味(安達真依)

赤・緑・黄色/赤いトマト、緑のブロッコリー、黄色の甘い卵焼き。パッとみた時の彩りが大事だからと、どんなに忙しそうでもこの3色は絶対入ってた。自分が作る立場になっても、きっとこの形は変わらないだろうなあ。久しぶりに母のお弁当を思い出して、毎日お弁当作ってくれてたことに感謝。

お弁当ではないけれど、、我が家のお弁当のお供の定番は「甘いレモンティー」。ちゃんと生レモンが入ってて、冷たくて。おいしくてゴクゴクあっという間に飲んでしまうのは、甘いものを水筒に入れてきてはいけないのをバレないようにするためでもありました(笑)お弁当が多分苦手だった母なりの愛情だったのかもしれません。でもその美味しいレモンティーのおかげで甘くないお茶を高校生になっても飲めなくて、地味に大変でした

お弁当に忍ばせた母の愛/中学生の頃、お弁当の隅に忍ばせてくれたチョコやゼリー。怒られるかもとドキドキしながら食べた、あの小さな甘さ。今思えば、母の愛はいつも、甘くて優しかったな。

6年間お父さんが作ってくれたお弁当/共働きの両親。お弁当作りは父の担当。
娘に恥ずかしい思いをさせまいと、赤緑黄の三色使いを心がけてくれていた。母になってこそ分かる当時の苦労。お父さんありがとう!!

スペシャルおにぎり/大好きなおばあちゃんが、作ってくれたご飯にちぎった海苔をパラパラして醤油で味つけてにぎってくれてた、おにぎり。私が喘息ひどかった幼少期、必ず点滴していた小児科に昼ごはんにと作ってきてくれたりしてくれた、思い出深い味です。

混ぜご飯おにぎり/運動会やピクニックの時はいつも焼き鮭とゴマのおにぎりを海苔の代わりに薄焼き卵で巻いてくれてました。大根菜や広島菜とじゃこの混ぜご飯おにぎりも大好きでした。

お母さんごめん!/小中学校の頃、学校行事や土曜部活の時にお弁当を持たせてくれた記憶はある!もちろんある。だけど、何が入ってたかあまり記憶にない(涙) きゅうりと中華クラゲの和え物は好きだったけど、あれはお弁当に入ってた?
完食して美味しかったし、感謝もしてる。
だけど、みなさんみたいなエピソードを覚えてなくてごめん〜(笑)こんな娘もいるから、気楽にお弁当作ればいっか〜。

おせちはちょっと…/年明けのお弁当がおせちの残り。母娘二人で食べ終わらないからね、分かるよ、でも一週間食べ続けてるよ、と思った。自分がお弁当を作る側になり、絶対避けようと思ってる。

のり弁/母が不在の時に父が作ってくれたのり弁はおいしかった。今作る側になって分かる、のり弁はひと手間プラスで、母が言ってた「たまにだからできるのよ」は、確かに。

美しい卵焼き/私のお弁当の卵焼きがきれいと何度も言い、ついに私の母から卵焼きを習いに自宅まで来た友人がいた。私には見慣れた卵焼きだけど、今思えば確かに美しかった。

まだありました。

義母のお弁当/夫の実家に帰省し、そこから会社に向かった時に、義母がお弁当を持たせてくれた。大人になると作るばかりで作ってもらうことがないんだよね。感激。

どでかおにぎり味噌漬け入り/夫の新潟の親戚が作ってくれたおにぎりを、山で山菜とりの合間に食べるのが最高だった。離婚で親戚と疎遠になってしまうのは残念。

カレーチャーハン/当時の名古屋は小学校までしか給食がなかったので、中学から毎日弁当持ち。よく登場したのがカレーチャーハン。名古屋の会社のカレー粉で味付けした炒め飯なんだが、これがまたおいしかった!大人になった今、私も作っている母の味。

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ABOUT US
編集部 青柳 真美お母さん大学本部
お母さん大学事務局兼お母さん業界新聞本部編集部。お母さん業界新聞編集チーフ。みそまるマスター。みそソムリエ。宅地建物取引士。仕事は、お母さんを笑顔にすること、味噌を伝えること。具体的には、編集・企画・営業・イベント…。家族と仕事以外に人生に欠かせないもの…車/映画/本/旅/コーヒー/甘いもの。息子(32歳)、孫2人。