「お母さん大学で出会った言葉」それは「ペンを持つ」ということ。
現実は厳しくて毎日が「キラキラ」とはいかない。むしろ葛藤だらけ。
どう心の整理をつけたら良いかわからない。
日々新たな悩みが生まれ、それが解決していないことのほうが多い。
それでも一日が終わり、明日がやってくる。
そんな中、子育ての日々を発信することで一日に句点をつけらえた気分になる。
記念日は年に数回しかなく、同じような毎日の繰り返し。
それでも「今日は何を発信しようか?」「今日はほんとに書くことがないな…」という日も少なくない。
それでも思い巡らすと不思議と娘との日々の中に記録したい出来事や忘れたくない言葉が思い出される。「かーちゃん、また記事にするつもりでしょ?」なんて娘に呆れられ、「PCに向かう時間があれば、早く寝た方が生産的じゃない?」と夫に小言を言われながらも書き続ける日々。
家族のあれこれに心が折れそうな瞬間も記事にすると
お母さん大学生からのお守りメッセージに励まされ、悲しみは半分に。
最近は思春期一歩手前の娘とのやりとりに四苦八苦。
彩さんの「いいお母さんにならなくていいよ」に心が軽くなり
真紀さんが「この先なにがあっても、大丈夫。心を通わせ遊んだ母子の絆は絶対に消えません」と励ましてくれました。
そして藤本さんに「娘ちゃん、最高ね。」といってもらい喜びは二倍に!
母ドラで出会った「小さく試す、試し続ける」を胸に「ペンを持ち続ける」ことが
明日の私へのバトン、いつか大人になった娘へのバトンになってくれるはず。
ペンを持つ姿。拙いけれど、精いっぱい母の愛情表現として娘へのプレゼントになってくれたら。
そんなことを願い、明日もペンを持ちます。































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