みんなでつくる母地名マップの宿題を通し、改めて母になってからの「旅」について考えるようになった。
というのも母になり、正確には娘がお腹の中にやってきたときから私はパスポートを使う旅をすることがなくなった。
ちょうど今年はパスポートの更新年。1つ前のパスポートは10年前、ちょうど結婚したタイミングで作ったものだった。今の名字になってからはじめて作ったパスポート。ちょうど結婚式を終え、休暇中に夫と当時住んでいた自宅からほど近い横浜パスポートセンターに散歩がてら歩いて申請しに行ったことを覚えている。お互い、まだ新生活をはじめたばかりで興奮気味だった。
「パスポートを使って、いっぱい旅行に行けるといいね~」なんて話もしていた。
結局そのパスポートを使ったのは、その年の新婚旅行に両親も一緒にいった家族旅行、そして出張と3回だけだった。翌年には娘を授かり、出張のない部署への異動を申し出ることに。
当時の上司も「今はお腹のなかの赤ちゃんを最優先に仕事を選ぶことも大事だよ。」と
自分の出産経験をもとにアドバイスしてくれたことが記憶に残る。
その後、出産。私の実家は東京。夫の実家は横浜と帰省するといっても短距離。
この10年間で一番遠出したのは昨年、久留米を訪れた時。本当に久しぶりの飛行機利用だった。
独身時代は仕事柄、月に1度は韓国出張と気がつくと羽田にいる生活をしていた。
留学が縁で度々、訪れていた韓国。現地の友達とも疎遠に。
娘が小さい頃はベビーカーで訪れられるところが活動範囲。
小学校に上がった今も下校時刻に合わせて自宅にいられるよう、基本は自宅近辺にいる生活。
海外と繋がる仕事ができたらと学生時代、語学の勉強を必死にやっていた。けれど「今では地元密着の生活」と今回のパスポート更新時に10年前に作ったほとんど使われずに期限切れとなった真新しいパスポートを見ながら少し寂しく感じた。
出張に行くことも、身軽に一人で旅をすることもない今の生活。
不満はないし、自分で選び取った選択なのに、何だかそのパスポートを見ながら心がざわついた。
だが今回「母なる旅」を味わい、10年前の自分よりももっと自由に旅ができるようになったのではと
思えるようになった。負け惜しみではなく、娘がいることで、ペンを持つことで、私は自由に旅ができると感じた。
山梨の図書館に電話をするなんていう度胸も身につき、図書館の方々と話をしていると現地を訪れた時の感覚が鮮明に思い出される。娘と冗談交じりに「今度は宇宙旅行に行ってみようか」なんて話もする今日この頃。そして彼女が今一番行きたい場所は韓国。いつも私が韓国ドラマを熱心に見ているので彼女にとって韓国は近しい国。彼女と一緒に懐かしの地を訪れることもそう遠くはなさそうだ。
子どもと歩む日々、決して円滑にとはいかないけれど「遅々として、遠くまで」進むだけでなく
共に歩む喜びを家族に教えてもらっていると宿題を終えた今、そう感じた。
































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