優しさっていろいろな種類がある。
人を受け入れる優しさ
目の前の人を助けたいと願う優しさ
その人の将来を考えて、今は見守ることにした優しさ
よく、優しいね、と言われるようになった。この5年のわたしの変化。
自分じゃ自分を優しいとは思わない。ブラックな自分をたくさん知っているから不思議な感じ。
優しさと強さはすぐそばにあると思う。
思春期の娘の言動。娘を信頼して今は見守るという選択肢を選ぶことは、わたしの優しさ。強い意志がないと出来ない。
人にしたことは最終的に自分に返ってくる。そう感じることが多い。
何故なら、自分の言動を一番そばで見ているのは自分自身だから。
自分のために、自分がどうありたいから◯◯する、◯◯をしたい、など、欲が日々多い私。それが少し悩み。いい年なのに恥ずかしいなぁと思ったりもするけど、いつ死ぬか分からないと思いつつ生きてるから仕方ないのかな(笑)
自分をしっかりと大切にして、自分の欲を満たした後は、誰かのために動く事で、どうやら自分の本来以上の力を発揮するらしい。自分が成す事で誰かが喜んでくれることが大好きだ。笑ってくれたら更にサイコー!サービス精神は人一倍かもしれない。だからこそ誰よりも人生を楽しんでいる。
タイトルに挙げた優しさは誰のためにある?わたしは自分自身のためにあるんだと思う。
人に優しくすることで、人から優しくされ、自分にも優しく出来るのかもしれない。
わたしには共依存傾向がある。人の悲しみや辛さを自分事のように感じてしまう。他者と自分をくっつけて考えてしまう感じ。
喜びも何十倍にもなるんだけど、悲しみや辛さを我がごとのように感じてしまうと、自分自身がきつさの限界を超えそうになる。
あぁ変だ、やばいと思った時には相談できる仲間や家族がいる。わたしの周りにはわたしのメンターが何人もいる(笑)人にアウトプットすることで思考を整理していく。
悩みを聞くことが増えてきて、でもその何倍も話せる仲間が増えているから、何とかまわってるのか!(これも今書きながら感じたこと)
娘は昨日小学校を卒業した。一言で言い尽くせない素晴らしい式だった。また記事は別で書くが、私たち親子にとって節目の時期なのかもしれない。































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