父が6月の末から事故で入院したことをきっかけに、
退院しても入院後運動機能が落ちて、歩くのがますますしんどい。
動きたくて無理をして熱中症になりまた入院、
8月の孫と一緒の誕生日を自宅で迎えたい。その思いでがんばり退院したけれど、
喘息発作、呼吸機能の低下でお盆に3度目の入院となりました。
いつもの日常は実はすれすれで当たり前に過ごせていたのだと気づかされました
あれほど強かった父、年を重ねたといっても自分でご飯も洗濯もしてきた父の体調不良。
そんなこれまでと違う日常をこの2か月子どもたちと過ごしてきました。
片道2時間ほどの時間。
ちょうど真夏、田んぼ、にわとりの世話、草木の世話。ご近所に助けていただきながら、田んぼの草をとったり水の調整に
通う中で感じたこと。
ものすごくいろんなことを日々父がこなしていること
田んぼはどうやって水がたまるのか?たまらないと草が生えたり苔が生えたり。田んぼの中を歩くことの大切さ、
なんで水がたまらないの?カニが田んぼに穴をあけてしまうので穴を歩きながら塞ぐことが必要でした。
あの足の悪さでちょぼちょぼ歩きながら杖で穴をふさいでいたんだな、こんなに草を取るのが大変だったのだ。
少し田植えの手伝いをするだけで、私たちは手伝いをする気になっていたんだねと子どもたちと話したり。
田んぼの水不足は申告で
雨が降らない、そして地震後水路が変わったのか田んぼに穴がきゅうに開いて水が抜けたり、
水が足らず必死で川の水を堰き止めて水の流れをつくると
田んぼが答えてくれるのです。ふぁあーーっとありがとう!って水滴があがるのをみて こんなに美しいのかとおもったり
畑にいくともいでもらえないキュウリが黄色くなっていたり、父が育てていたスイカ(カラスにたべられないようツルごと隠してある)を
わからないで切ってしまって枯らしてしまったり。
家の庭木にたっぷり水をあげないと何十年も父が育ててきた庭木や苔が枯れてしまう。水やりに1時間くらいかかります。
ニワトリに餌をあげるときも父がいないのでコケーと鳴き声もなく。
「じいちゃん入院しとるけど、大丈夫やから元気にしとるんよ」とニワトリに声かけてみるものの元気がありません。
ちゃんとわかっているんだなあと思います。
いったん退院した父の目には、私たちの手伝いは事足りなかったと思いますが、毎日誰かが長い時間をかけてきてくれていること
父のところにいって「じいちゃん、こんなにたくさんのことしてくれとったとね、ごめんね、手伝いの足りんやったね。」
そういう声掛けに父も涙もろくなっていました。
病室を訪れると酸素をしている父に聞かなければわからないことがたくさんです。
一時退院しているときもゆっくり過ごしてといいながらこの夏の酷暑の中でもついつい動いてしまう父、
いろんなことを受け入れる準備が整っていない自分にも気づかされた夏でした。
いつも父は私たちを見送ります。どれほど足が悪いので部屋でいいよ、呼吸が苦しくなるから見送らんでいいというても
玄関まで出てきます。ここでとベッドでさよならを孫に言った後もまた必ず、玄関まで出てきます。
玄関まで出てこれないとき、玄関のガラス戸の向うに、座っている父が見えたとき、私も子どもたちもいつもとちがう父の姿に
「じいちゃん、またくるねーー、もういいよーーー」といいながら胸が詰まったのでした。
今の現状を自分自身が受け入れるまでのきつさ、私たちが環境に合わせて変化すること。
子から自分も親になりそして親を見守る年代になっていること、この成長とともに変化する自分や親の老いと介護などの
時期をどう対処していくか。
ぐるぐる頭が回って、やりたいことはあっても無理できない自分の年齢と体調、仕事の調整に悩みはつきませんが
できることをできるだけ、
できるようになったのを喜ぶ子育てから できなくなることを受け入れていく介護への調整もまた
これも順番なのだろうと思っています。
父が必ず見守ってくれるように、私たちもできる限り見守れたらと思うのでした。
何より自分の仕事を持ちながら、祖父のために仕事終わってから通ってくれる息子達 遠くから見守りいろんな形で支えてくれる
子どもたちに頭があがりません。
田んぼのことを見守ってくださるご近所
職場のみなさんの協力とご理解に感謝しながら 変わりゆく日常を精一杯こなしています
まだまだ暑さが続きます。どうぞ皆様もご自愛くださいませ































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