母が亡くなって12年になります
母のお弁当を食べたのは高校の頃だから
もう40年近く前になる
母は体調が良いときしかお弁当を渡せないことを大変心苦しくおもっていたようだった。
小学生のころ、まだ給食がなかった時代に、一度だけ母がお弁当が間に合わず
体調が悪かったのだろうがお弁当を届けることができなかった。
お昼を私が食べれなくておなかを空かして帰ったことがある
それを知った祖母がおひつから大きな握り飯を
握って食べさせてくれた
とっても美味しくてほおばって
甘くて優しかったしわしわの手から握られた握り飯
ばあちゃんの握り飯は美味しかった。
なんでもかんでもばあちゃんの作るご飯はおいしかった
その夜
私は母にみんながお弁当を食べているときお弁当がなくてせつなかったことを
責めた。
ごめんねと泣く母に泣きたかったは私なのにと思ったことがあった。
今思うと、あの時一番はきつかったのは母だろうにと今でも後悔する。
母が一番せつなかっただろうと、お
弁当が作れないときの自分と重ねる。
その日から家に帰ると、おおきなおおきな冷ご飯で作ってある
2つのおにぎり
ばあちゃんが私と妹にひとつづつ、握ってくれた塩味のおむすび
それが楽しみになった。
戦争で白ご飯が食べれなかった、ひもじい思いがせつないからといつも
祖母はでっかいでっかい「にぎりめし」を作ってくれた。
母は右手があまりうごかなかったから小さなおにぎりだったし
毎日は食べられなかったけれど、
私は母のおむすびが一番好きだった。
母のコロッケや
母の卵焼きの味にはどうがんばってもまだ届かない。
ガスで炊いたごはん、にんじんを擦ってもみじごはんというて
私におにぎりを持たせてくれていた。
ときには寮で暮らす友人にもおむすびをつくってくれた
みんなそれぞれのお弁当の思い出があると思う
私の母のお弁当の思い出は、母が台所でことことご飯を炊いて
おむすびを握ってくれていた姿
お弁当の投稿していたら母のお結びの味 ばあちゃんの握り飯の味が
よみがえってきました
お母さんあのときはごめんね
せいいっぱいのご飯をありがとう
ばあちゃん 自分のおひるごはん減らしておむすび握ってくれたんやない?
ありがとう
私のお弁当の思い出はいろいろあるけれど
おかあさんのお弁当は特別なんだ😊
































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