お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

『母親になって後悔してる、といえたなら』から考える 子どもを愛している。それでも母でない人生を想う。

2026年4月11日、国立市公民館で公開講座ー『母親になって後悔してる、といえたなら』から考えるーが開かれました。講師は、NHK での番組制作を経て同名の本を上梓した記者の髙橋歩唯さんと、ディレクターの依田真由美さん。私は企画者の一人として、そして一人の母として、祈るような気持ちでこの場に立ちました。

「なぜもがくのか?」問いから企画へ

母になって10年。娘は愛おしい。けれど「母親」の役割を全うしようとするほどに逃げ場のない息苦しさを感じる日々。「自分で選んだはずの人生。なのになぜもがくのだろう」と思い、同公民館の「女性の生き方を考える講座」(2025年5月〜9月実施)に参加しました。

講座終了後も参加者8名でグループをつくり集うこと半年。その間、読書会を実施し『母親になって後悔してる、といえたなら』を読み合いました。

皆、子育てに関する何らかの葛藤を抱え、それは個人ではなく社会の問題ではという認識へ。この問題について、もっと考えを深めたい。著者のお2人から直接お話を聞きたいと講座を企画しました。

母に対するイメージを塗り替える

最初の登壇は、NHKで「母親の後悔」をテーマに取材を続けてきたお2人。2022年放送の『クローズアップ現代』制作時から、このセンシティブなテーマに対し、「母親の後悔と子どもへの愛情は両立する」と一貫して伝えてきました。

取材中、「後悔するお母さんなんているの?」「子どもが傷つくのでは?」という世間の冷ややかな視線に何度も晒されたといいます。しかしこの「受け入れがたさ」こそが問題の核心です。

母親個人が変わるのではなく、社会全体が抱く母親に関するイメージを一度考え直し、新しくしていくこと。「こうあらねばならない」という理想が、母だけではなく「強くあらねば、稼がねば」と縛られている父親たちの生きづらさをも生んでいます。

母親を後悔させない社会をつくることは、あらゆる人の生活を良くしていくことに繋がるのだと、静かながらも力強い提言がなされました。

さまざまな世代が母という「役割」を語り合う

第2部では、講師と企画メンバーによる座談会が行われました。20代から60代まで、異なるライフステージの女性たちが、母という役割の重さについて語り合いました。

未婚の20代学生は、「本音を話せないことのほうが怖い。実状がわかるからこそ、母になる選択もしやすくなる気がする」と話し、子育て真っ最中の40代は、「がんばるほどに自分の輪郭が消えていくような感覚。子の社会との接点が増えるほど、母親として求められる役割が増えていく」と、消えない疲労感を吐露。そこには、これまで積み上げてきたキャリアや個人の歴史を「母」というラベル一枚で塗りつぶされる残酷さがありました。

60代からは「そもそも私に選択の自由はなかった」という重い言葉も漏れました。時代背景は違えど、「母」という役割に自分を奪われる痛みは共通しています。

講師の「どこかに自分の声を聴いてもらえる場を親が持っていることは、子どもにとっても救いになる」という言葉に、会場のあちこちで深く頷く姿が見られました。

思いを言葉にすることで葛藤を共有する

第3部は、参加者全員によるグループワーク。「自分の抱える問題がすぐに解決しなくても、葛藤を共有する第一歩にしたい」との願い通り、あちこちで白熱した対話がなされ、予定時刻を15分も超過するほどの熱気に包まれました。

参加者からは、ハッとするような率直な声が次々と寄せられました。「健診で初対面の職員に『ママ』と呼ばれて戸惑った。公の場で母親像を押し付けられるのが苦しい」「母になった瞬間に、社会と断絶した気がした」。

また「専業主婦は仕事をしていないからと自分を追い詰め、ワーママは中途半端だと自分を責める。母たちが状況の違いによって分断されている心細さ」を指摘する声もありました。「周囲の期待に応える必要はない。心の中で『うるさいな』と悪態をつくくらいがちょうどいい」という意見には笑いと共に共感の拍手が。

かつて母が「お母さんやめます」と宣言した時、大黒柱だった父も「パパもお父さんやめたい」と漏らしたエピソードも聞かれました。家の外で語れる場の必要性が共有されました。

一人で受け止めるには重すぎる選択も、誰かと共有することで、初めてその経験に「私だけの輝き」を見つけられるのです。

弱音も本音も言い合えるわが家らしい一歩

会の締めくくりに、依田さんは「『私の価値は周囲が決めるものではない。苦しいのは社会のせいだ』と思っていい。そうしないと社会は変わらない」と参加者を励まし、髙橋さんは「後悔してもいいと思える社会、それを口に出せる社会にしていくことこそが、より良い未来へのステップ」と結びました。

実はこの日、私は夫と娘を会場に招待していました。「私の胸の内を家族にもわかってほしい」という祈りにも似た思いからです。娘にはまだ難しく、夫は居心地が悪そうに途中で退席してしまいましたが、変化は意外なカタチで現れました。

数日後、家事に疲れた私が娘に「お母さんするの、疲れちゃった」とこぼした時。娘は「そのタイトルで本、書けばいいじゃん!」とさらりと言ってのけました。夫も、ぐずる娘に「これ以上わがまま言うと、かーちゃんが母親やめるって言い出すから、それくらいにしときな」と、冗談めかして私の限界に理解を示すようになりました。

「私だけでなく、あなた(夫)も子どもも、生きやすい人生を」。そんなバトンを繋ぐために、これからも私は自分の心の声に耳を澄ませ、家族と向き合っていこうと思います。弱音も本音も言い合える、わが家らしい一歩が今、始まったばかりです。

(お母さん記者・田久保薫子)

『母親になって後悔してる、といえたなら
—語りはじめた日本の女性たち—』
著:髙橋歩唯・依田真由美/刊:新潮社/¥1650

 

 

\受講者募集中/

田久保も参加した、国立市公民館主催〈女性の生き方を考える講座〉女性のライフデザイン講座。世代を越えた参加者たちがさまざまなテーマで学び合いました。令和8 年度の受講者を募集中です。

詳しくは▼