お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

記録になくてよみがえらず

末っ子を除き、4人は全て里帰り出産。4人目の時は姉の家に居候。なぜかというと、当時年長さんの長男を甥っ子の通う幼稚園に入れたかったからだ。保育園と幼稚園、幼稚園に通った子の方が学校生活がスムーズにいくと聞いたことがあった…保育園とは働くお母さんが子を預ける場で幼稚園とは子を学ばせる場という認識があった。そんな先入観から長男に幼稚園生という称号が欲しかった。入学許可がでて念願の幼稚園生になった長男。豊富なカリキュラムと設備の整った園舎。登園期間中、ラッキーなことに園の二大行事が重なった。発表会(本格的な合奏と劇)とマラソン大会。貴重な体験。そして方言。戻る頃には、すっかり北九弁に。

母は幼稚園のお弁当作りも幼稚園バスも新鮮だった。バスを待つ時間は日差しや風を肌で感じられるくらい、とにかくゆったりと流れていく。バスを見送っても、時間に追われることはない。

いつもなら朝から時計の針に追い回され、園に子どもたちをスムーズに預けるための機嫌取りも園での滞在時間のタイムリミットを少しでも稼ぐためのものだった。いつも時間に追われ、心はせかせかと焦っていた。

里帰り中、時間に追われないという心の余裕を伴う唯一の時を過ごせた期間だったけど、ぼんやりとしか記憶がない。絶対沢山のエピソードがあったはず。

なんともったいない。あーもったいない。時間を巻き戻して、ペンを持て!!とポケ〜と過ごしていた私に言ってやりたい。

先日長男に、幼稚園の思い出はと聞いてみた。

『帰り際にもらえるグミみたいな飴(→肝油ドロップのことだ)』と『やたらと走らされたこと(→マラソン大会では泣きながらゴールしたもんね)

この二つらしい…やっぱりあの頃の長男の様子をしっかり観察して記録しておくべきだった。そうすれば、いまの長男にあの頃はね、って昔話をしてあげれたし、自分自身もあの頃に戻っていまの長男を見て思うところもあっただろうな。

2件のコメント

田端さん。

私も同じ気持ちです。
が、あの頃に戻ることはできません。
遠い記憶をたどりながら、ときにはわが子にあの頃の話を聞く。
もしかすると、素敵な出会いになるかも。

そして、まだまだ、これからも。
大きくなった子どもたちの記事も、宝物になりますよ。
個人情報と言われないくらいにね(笑)

藤本さん
昔の振り返りも、親子のよいコミュニケーションの一環となりそうです。
むくむくと書きたいという気持ちが湧いていて、怖いもの知らずなもので空気も読まず怒涛の投稿を繰り返しております。
まだまだ加熱中でして、今しばらくお付き合いをお願います。

コメントを残す

ABOUT US
田端真紀
社会人の長男を筆頭に大学生の二男と長女、看護学生の二女、高校生の三男の5人のワーキングマザーです。長男が自立して6人で横浜に住んでいます。北九州市出身。MJプロ。母フラ、母レレ、母ドラメンバー。みそまるマスター。