「誕生日は母を語る日」。今宵は、Orionいちばん桜PREMIUMで、ひとり産んでくれた母を想って乾杯!

今日は、私の誕生日。お母さん大学恒例の「誕生日に母を語る日」だ。
これは、薬師寺の高田後胤さんが唱えている父母恩重経に書いてある内容から企画したもの。

誕生日には、プレゼントをもらったり、ごちそうしてもらったり…。
それが世間一般の風潮ですが、この日は、命がけで産んでくれたお母さんを想い、感謝しようと。

といいながら、今日は、娘たちがごちそうをつくってくれて、プレゼントや花束までもらった。


これは、私ではなく、私を産んでくれた母に贈ろう。

さて、これから、たったひとりの誕生会。母を想う時間だ。
このビールは、今日、編集部の仲間から届いたビール。

 

最近、自分の行動が、母に似てきたなぁと思う瞬間がある。
薄れていく母の記憶の中で、自分の中にいる母が蘇ってくる。
不思議な感覚。

先日、娘(三女)とウォーキング中に、お弁当の思い出話になった。
「友だちのお弁当はカラフルだったのに、
お母さん(私)がつくったお弁当は、地味な茶色でいやだった」
と聞いて、がっくり。

ちょっとタイプは違うが、
母と私は、娘にお弁当でいやな思いをさせたという共通項があった。
やっぱり、カエルの子はカエル?

いや、わが娘(長女)は、
子どもたちのために、丁寧にカラフルなお弁当をつくっている。
私や祖母に似ていないじゃない。
これを反面教師という。

もう一度やり直せるなら、娘たちに
カラフルでおいしいお弁当をつくってあげたい。

これは、12年前に「お母さん業界新聞」に書いた記事。

「母が遺してくれたもの」

私の母は53歳でこの世を去った。早過ぎる母の死。

私は、今日(3月21日)、その歳を迎えた。

私は、母と一緒に暮らしたことがない。
母の面影はというと、いつも微笑んでいる美しい人だった。

母の思い出は、数えるほどしかない。
今でも忘れられないのは、母のお弁当。
いつも祖母が私のお弁当をつくってくれていたが、
ある日、母が私のためにお弁当をつくるという。
子どもながらうれしくて、心が躍った。

しかし、その夢は一瞬にして壊れた。
母がつくったお弁当は普通ではなかった。
二段重ねの重箱にボイルした有頭えび、数の子、ビーフステーキ…。
まるでおせち料理のようなそれは、確かに私が好きなものばかり。

本当はごちそうを喜んでいいはずなのに、
私はただただ恥ずかしかった。
もちろん味も覚えていない。
友だちが持ってくる普通のお弁当が羨ましかった。

母が私に遺してくれたものは何もない。
ずっとそう思っていたが、
そうではないことに、この歳になってやっと気づいた。

母が私に「母」とは何かを教えてくれなかったおかげで、
私は今、誰より「母」にこだわり、
誰より「母」を感じたいと思っている。
唯一、私に遺してくれたものが、
「お母さん」というテーマだったなんて…。

母を思う…。
それは、決して、うれしいことや楽しいことばかりではない。
中には母を恨んだり憎んだりする人も多い。
が、どんな母であれ、母は子に、何かを遺してくれている。
母からのメッセージをどう引き継ぐかが、未来へつながるカギになる。

母はきっと、私に母の分まで「母」を感じてほしいと、
空の上から私を見守っているのかな。
いや、娘としては、私のことなど忘れて、
新しい世界でしっかり楽しんでくれていたらと思う。

お母さん、ありがとう!
あなたが私に与えてくれた偉大なるテーマ「お母さん」がある限り、
私の残りの人生は、憂いに満ちた日々になりそうです。

さて、今年の「誕生日に母を語る」の宿題レポートを終えた。
来年の誕生日には、また違う「母」を感じることができるだろう。
私が生きている限り、母は、いつも私の心の中で生き続けるだろう。
偉大なるお母さん。