お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

生まれた町にもお母さん業界新聞 Pert 3

お母さん業界新聞を読み始めて、1歳だった次男は16歳になった。
ということは、15年が過ぎた。
私は、お母さん歴22年。
そのうち、男の子のお母さん歴は18年で、3人の子育てお母さん歴は16年。
まあまあなんじゃないかと思うけど、
私の母はお母さん歴49年。半分にも達していない。

死ぬまでお母さんだよ。

藤本さんがそう言っていた。

お母さん業界新聞は、読むのもいいし、自分の書いた記事が掲載されたらうれしい。
そして、誰かにも伝えたくなる。
もし、なんだかモヤモヤしている毎日を送っているお母さんがいたり、
この先あと何年私は子ども中心の生活なんだろうと疲弊しているお母さんがいたり、
自転車の前と後ろに子どもを乗せて、さらにおんぶして保育園に向かっているお母さんがいると、
「これ、とにかく読んで!」と渡したくなる。

しんどすぎて泣きながらの子育ても、
全てがたからものなのだと気づいたときの感動が、
今も私は忘れられないから、それを伝えたいなと思う。

自分がお母さんになって、自分の小さな頃の記憶が蘇ることが多々ある。
何にもない、窓を開けたら田んぼが広がっている、私のふるさと。
夜は静か過ぎて耳が痛いか、カエルの鳴き声に眠れないか。
自然あふれる町で育った。
18歳のとき、あっという間に私はその故郷を離れることになった。
本当はもっと父や母と暮らしたかったし、自分が育ったように、あの場所で子育てをしている友人たちが羨ましくもある。

そんな中、ふと、お母さん業界新聞をあの町でも読んでくれる人がいたらうれしいなという思いが浮かんだ。

同級生に連絡すると、福澤さんが施設長をしている自治センターで配布してくれることに。
新聞は、私の母が毎月届けている。

今は、よりたくさんの方の目にふれるようにと、自治センター内のコミュニティ室「北郷カフェ」においてくれている。

予約しなくても空いている時は自由に使える部屋で、散歩の休憩とか、
自治センター事業に参加したあとにお茶タイムとか…。
角田市民なら誰でも無料でお茶ができる場所。
最近は、小学生の送迎の待ち合わせ場所で、お母さん、おばあちゃんが集まるとのこと。
本当に感謝のきもちでいっぱい。ありがとう。

また、
一度、お父さん取材に応じてくれた菅原さんは、昨年末、角田市の子育て支援課とつなげてくれた。

年末に角田市にて。

自宅からは電車に乗った。1時間に1本しかない。無人駅。

「かくた」じゃなくて、「かくだ」です。

阿武隈急行角田駅。

わざわざ仕事の前に引率してくれた、菅原さん。

そしてここが、子育て支援課のあるウエルパークかくだ。
こちらの窓口で配架しています。

角田市で子育てしているお母さんから、お母さん記者が生まれることが、
今の私の夢なのかもしれない。

角田市で奮闘しているお母さんたち、
私ができなかったことを、がんばってくれていてありがとうございます。
あなたがたがいるから、私の故郷はいつも、変わらず、私の心の中で輝いています。

1件のコメント

ふるさとで新聞配り。

本当にお母さんに感謝です。

ありがとうございます。

私は、ありがたいことに、

私の故郷で、池田さんや、ちっごの皆さんが新聞を配ってくれています。

本当にありがたいです。

植地さんの故郷、角田市のお母さんたちにも会いたくなりました。

ありがとう!

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ABOUT US
植地宏美
お母さん大学横浜支局。 お母さん業界新聞横浜版編集長(2019.10〜2021.12)。 長女22歳、長男18歳、次男15歳。 お母さん大学をものすごく、楽しんでいます。 結果、 お母さんをものすごく、楽しんでいます。