さて、以前、島っこ留学(帰省)した際、私は
にて、自分の育児の原点を感じて帰ってきた。
今回、吉母、下関(第二の故郷)を訪れ、思い出したのは、私の幼少期。気付かされたのは、私の育児の方針。
幼少期、下関にいた私たち。
私、弟、妹の三兄弟の我が家。
そんな私、真面目な性格も相まって、責任感のある長女気質だったのだが、面倒見のいい方ではなかった。むしろ、私よりも、弟の方が妹の世話を焼いていたくらい。
育児をしていて、なお、感じる。私は面倒見はやっぱりよくない。さらには、イライラは表情に出てしまうし、情緒を安定できてない時点で、私の方が子どもより、子どもぽく、未熟者なんだと、何度自分に呆れたことか。
だから、私はある意味、子どもたちと対等であるようにしている。
「対等」というと語弊があるかもしれない。
例を挙げるなら、息子のちょっとしたお願いについても「なるほど」と一旦は了承し、妥協ラインを息子と話し合う。
よくないことをした時も、「ここはステキだった。でも、ここはよくなかったね、どうしたらよかったかな」「これはどうして、やっちゃいけないのかな」なんて、理由を一緒に考えるようにしている。何か失敗した時は「大丈夫、こうしたらいいんだよ」とその後の対処を教える。
嬉しそうにしている場面では、めいいっぱい褒めるし、一緒に喜ぶ。
はたまた、息子にだって、「ママ、これはこうなるからダメだよ」なんて言われることも。でも、言われると「あー、ちゃんと私の言ったことが伝わっているんだな」と息子に感心する。
特に私は、これだけは口酸っぱく息子に伝える。
「できないことは恥ずかしいことじゃない、誰かに『手伝って』って伝えたら大丈夫」と。
これは、私の経験で、特に伝えたいこと。
誰かが助けてくれるよ。ただ、あなたも困っている誰かを助けてあげてね。と。
子どもだから、あれやこれや面倒をみるわけではなく、小さい1人の人間として、成長を助けていければと努めている。
それが、面倒見の悪い私の、子どもとの付き合い方。
もちろん、私が仕事で疲れていたり、気分が落ち込んでできない時だってある。はたまた、子の機嫌が悪い時だって、眠い時だってある。そんな時はほどほどに。「お互い人間だもの」と。
それでも、私はなるだけ、子どもたちには、小さい人間として、これから関わっていきたい。
そう気づけた、下関の旅でした。
































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