お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

第34話 たからもののたからくん

春は毎年忙しい。誕生日に母のことを書きたかだったが、
まだ書けていない。ゆっくり書きたいなあ

ただ母のこと、長男げんきのこと、いろんなことを考える誕生日だった。

次男宝の学生生活をようやく終わりました。
生まれた時から弱く生まれた兄を育てる私たちを助けるかのように大きく生まれ、また下に生まれた5人の弟、妹を思い、姉のななの私を助けてくれました。

思えば中学受験も七夕にかいた彼の願いを見つけてくださった保護者の方から彼の思いを知りました。
それからの受験、学ぶことの面白さを知り熊本へ。
好きな数学を極める道を選択しました。

家のこと、勉学、下の弟達が高校に入った大学3年から、
仕送り不要、学費も生活費も自分で工面します。学びたいのは自分だからと
私に負担がかからないようになんでも自分で考え行動し、
私にはわからない世界の研究を
『数学は美しくて面白い、でも母さんとはもっと面白い話をしよう』と
数学嫌いな私を気遣ってくれました笑

何回聞いてもわかりません。
私は数学のうつくしさも生活に生かされていることも
わからぬのです。

宝は熊本からフェリーで時折祖父のところの農作業にきたり
生活はたこ焼き屋さんで夜バイトして
鉄板のたこ焼きを焼いて仕入れて
そこでも皆さんに助けられ、
生活を自分で全てこなす。
大丈夫かとたずねても大丈夫と
その分を下の子達にと学費、生活費ら研究と成績でやりくりしました。

大学四年では研究し終わらなかった研究をさらに5年続けて3つ目の学位をいただきました。

私が息子に学び感謝するのは
いつも彼自身はぶれないこと

相手が一番必要としていることは何かを考えること 
そのための自己犠牲を
前向きに考えて自己実現すること。

海外にいった論文はいつ戻るのか?
研究は終わらないというが、これからどうするのか?と家族はぼんやり思っていましたが、まあ宝は大丈夫やろ、
勉強したいんだろうねと話していた勉強苦手な私たち。
でも勉強がそこまで好きな宝を応援したいねと話していました。

そんな時、なかなか連絡もなく
心配していた矢先

『大事な話がある』と連絡。

最後の論文発表が終わった、
卒業して今後も大学に残ることになった。
下の弟が働いているのに
何も言わずに研究を続けさせてくれてありがとう。
みんなじいちゃんを支えてくれて
農業をしてくれてありがとうと
普段穏やかでおちゃらけていつも笑顔の宝が
くしゃくしゃの顔で泣きながら
みんなのおかげで勉強を続けてこれたと話すのです。

もう9年も前にみんなで作って渡した御守りをまだ大切にもっていました。

家族みんな正座で宝の話をきき
宝がどれほど努力してきたかを見てきて
そして何かを続けてゆけることが
かっこいいしすごいとみんなも
反対に泣いて喜んだのでした。

9年、本当にいろんなことがあったと思います

で 中学もまともに行けなかったじいちゃんがたくさん勉強する宝を応援してくれました。
お米も野菜も。そんなじいちゃんのもとに
フェリー(一番安い交通手段)で
熊本から田んぼにきてくれた宝

そんなじいちゃんも一緒に卒業式にでてもらおうと
子ども達が行ける子はおやすみをとり
大ごとになりましたが、
頑張った宝に有難うの気持ちをこめて学位記伝達式にみんなで参加しました。

フェリーにのって杖をついて
父もきつかったでしょうけれど、嬉しそうでした
みんなで参加できてよかったです
それぞれの職場の皆様にも感謝ばかりです

来れなかった他の子供達も
それぞれの場所でお祝いしてくれました、

私が確かに産んだ子ども達ですが
私が想像もしなかった道をそれぞれが
選んで今生きてくれている
それだけで嬉しく有難いのです
たくさんの皆さんに感謝しかありません

親はとーっくに追い越されましたが
追い越すとかもないのでしょう

それは今もかわりません

私は母としてこの子に何かできただろうか?生まれてきてくれて
名の如くたからものです

宝のこれまでに携わってくださった全ての皆様に感謝します

たかららしく

あなたはやはりたからです

たからもののたからです