お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

母の誕生日に母を語る

先日の父の誕生日に続き
今日は母の誕生日です。
(4月は1日が両親の結婚記念日、14日が父、18日が母の誕生日でお祝い月です)
以前、お母さん大学の企画で
「誕生日に母を語る」というものがありました。
でもなかなか書けずに
やっと書けたのが2013年の自分の誕生日でした。
今日は
その時のことを思い出して
さらに深めたいと思い
2013年9月25日に書いた過去記事をシェアしたいと思います。
普段、思っていてもなかなか口にできないこと。
こうして思いきって綴り伝えられたことは、自分にとってとてもよいものになりました。
(さらにグーンと母との距離が縮まったような。。。)
ということで
素直な思いを言葉にできた
「誕生日に母を語る」を母の誕生日に。。。
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「誕生日に母を語る」
お母さん大学に入学して5年、毎年書こう書こうと思いながら書けなかった宿題。
それは照れなのか?
気持ちの整理ができないからなのか?
あまりにも身近で存在が偉大過ぎるからなのか?
でも今年は書きたい!
と思った。
母を一言で言うと、
「尽くす人」
どうしてここまでできるのか?と
不思議に思うくらい
父を始め、祖母、兄、親戚、
(もちろん私も…)
周りの人に尽くしている。
のんびり座っているのが苦手で、
いつも動き回っている。
性格は、几帳面で心配性、
でも陽気でうっかり屋さん。
そんな母との思い出は、
今から30年前に始まった水泳生活。
平日は夕方6時30分から8時30分までの練習。
日曜日は朝7時から9時まで。
その送り迎え。
大会がある時はお弁当の準備に応援。
泳ぎ過ぎて肩を壊した時はマッサージを。
タイムが伸びない時は心のケアを。
いつも一番そばにいて支えてもらった。
大学入学を機に一人暮らしを始める時も、
「あなたのことを信じているから」
の一言で見送ってくれた。
結婚を決めた時、一番に報告したのも母だった。
韓国での結婚式、
「この子をよろしくお願いします」
と言った時の母の顔は忘れられない。
初めての出産、陣痛の波を一緒に乗り越えたのも母だった。
二度目の出産は長女と留守番を、
三度目は立ち会ってもらった。
大波小波の結婚生活、
途中相談したのも母だった。
「どんなことがあっても、お母さんはあなたの味方だから」
その言葉に勇気をもらい励まされた。
いつもその優しさに甘え、
時に反発し、
結局のところ包まれていた。
自分の根っこの部分にある
たくさんの母の要素。
あったかくて
心地よくて
限りなく深いもの。
いつまでもかなわない存在。
母を思い、言葉にしていたら、
なんだか心がポカポカした。
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離れていて
なかなか会えませんが
いつもいつも思っています。
お母さん
ありがとう!!!
そして
お誕生日おめでとうございます!!!
母からもらった深い愛を
これからいろんなカタチで
たくさんたくさん繋げていきたいと思います。

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ABOUT US
村本聖子
「思い立ったらすぐ行動!」 をモットーに動き回る3児の母。 みんながニコニコ、ハナマルになる世界を願いながら、日々の感動•気づきを発信中。 2023年3月、11年の韓国生活を終え帰国。海老名市在住。 夢はココカゲン(ココロとカラダがゲンキになる空間)を創ること&MJ記者として世界を飛び回ること。