お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

夢を叶えたひとり旅

佐藤るみさんの記事を見て、母に会いたいと思って、急遽帰省計画を立てた。

今回は、そこにもうひとつ、夢を叶えるというご褒美をつけて、4泊5日のひとり旅。

子育て真っ只中の職場の人に話をしたら、そんな風にひとり旅できるようになるのはいつ頃かなぁと言った。

パパとお留守番できるくらいじゃない?と返したけど…

子の方が母がいなくてやりたい放題バンザーイって年頃になって、母も気兼ねなく出かけることができるようになった頃かなぁが本音。

現に5日不在にしたが、末っ子からのLINEは、一回こっきりのお金もらってくね!だった。

初日は飛行機で松山空港へ。

蛇口からみかんジュースを体験。  

そんなことやってたら、リムジンバスに乗り遅れた。

急ぐ旅ではなかったので、のんびり路線バスの旅。道後温泉へと向かった。

道後温泉駅舎前のバス停に降り立つと坊ちゃんからくり時計が目の前に飛び込んできた。

時刻は12:50。

からくり時計が動くのを13時まで待つことに。観光客が集まってきて、一斉にスマホで撮影を始めた。

その後は温泉宿に荷物を置き、夕食まで近所を散策。

じゃこ天が有名らしいがじゃこカツが一番人気らしい。

でも、遅いお昼に鯛めしを食べたばっかりで、お腹に余力なし。 

宿泊は念願の温泉宿「ふなや」に。

そして翌日は夢にまで見た下灘駅へいく。

ここの夕日をみること!これが旅の目的になったのは、10年前のある一枚の年賀状がきっかけ。

ずっと気になっていた。

2時間に一本しかない電車。夕日まで見るとその後40分ほど電車を待つことになり、しかも特急に乗れなかったら、松山観光港から小倉港のフェリーに乗り遅れる!

道後温泉の観光案内所でとても親切に調べてくれて、松山駅から車で20分ほどなのでタクシーだと間違いないとの提案があり、そのルートにした。

当日は、雨女の汚名を返上するほどの晴天に恵まれた。

下灘駅は、無人駅。

SNSの影響で観光客が後を絶たないらしい。

松山駅から電車で小一時間の小旅行。

無事に電車に乗り込んでからは、胸の高鳴りが抑えられなかった。

トトロのような木々のトンネルを抜けていくとキラキラ輝く海面が眼下に広がった。

降り立ったときは、もう気持ちがたかぶり、どうしようもなかった。なんとも表現できない、夢にまで見た場所に立っている、わたし。

ひとりの女性が観光客にホーム内に立ち入らないようにアナウンスしていた。後で聞いたら、地元のボランティアさんだった。

私は興奮しながらも、スマホを自撮り棒に取り付け高い位置に上げてみた。日頃使わないからどこを向けるといいのかわからずモタモタしていると…

「自撮り難しいでしょ」。

そう言って声を掛けてくれた人がいて、どーしたらいいのかなぁと私が言うと、スマホを頭上に構えてくれた。

後で写真フォルダを見てみると、満面の笑みの男性の後ろにキョトンとした私、不思議なツーショットとその背景は下灘駅の風景がしっかりと収まっていた。

その彼は地元の方で、夕日が沈むまで観光客のお手伝いや交通整備をやっていた。

途中、乗れなかった観光列車の「伊予灘ものがたり」 が駅に入ってきた。

旗を持って地元の方々がお見送りに出てきた。ポツンとひとり立っていた私に

「一緒に振る?」と旗を手渡してくれた父親くらいの男性がいた。

500回も乗ってる人がいるよと教えてくれた。10分ほどの停車時間、乗客は旗を持つ私にも手を振ってくれ、また来まーすと溢れんばかりの笑顔を向けてくれた。

こちらも満面の笑みで旗を振り続けた。

観光列車の車掌さんは後ろの窓からずっとずっと私たちが見えなくなるまで手を振ってくれた。聞くと毎回だそうで、私も一生懸命旗を振り続けた。

なんだか心がポカポカになった。気が付くと、夕日がめちゃくちゃきれいだった。そんとき、男性がこんな話をしてくれた。

「夕日がゆっくり沈むのは、今日の感謝と明日の願い事のため。夕日は沈むのでも落ちるのでもなく日の入りとなる。そして翌日に願い事をもって日の出となる。西では残念なことに戦争をやっている国があるので少しでも平和を願ってもらえますように。今あることが当たり前じゃなくて有難いと思えばその人には幸せはやってくる」。

最初のボランティアの女性とこの方は、なんとご夫婦!「マイワイフ」。と紹介してくれた。ひとり旅の私の写真を撮ってくれた方。

たくさんの映え写真が思い出の1ページに加わった。ボランティアの方が観光客みんながこの地で楽しい思い出を作れるようにご尽力されているお陰。

思いもかけず、素敵な出会いが待っていたひとり旅。

下灘駅で当たり前じゃない有難い出会いをして、優しい方たちのお陰で忘れられない最高の思い出ができた。