お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

お母さんの覚悟

家の書棚から、ふと手に取った一冊——五木寛之氏の『人間の覚悟』。氏の著書はこれまでにも何冊か読んできたが、なぜ今これを選んだのか。自分でも気づかぬうちに、何かを覚悟しようとしているのかもしれない。

人はきっと、日々どこかで小さな覚悟を重ねながら生きているのだろう。お母さん大学サイトには、子育てをする母たちの覚悟があふれていた。

おむつ替えから逃げ回る子を30分待ち、玄関ではカチャカチャと鍵をいじる姿を見守り続ける。公園までの道のりでは、反対方向へ歩き出し、マンホールの穴に指を入れ、塀を爪で引っかきながら歩く。本来なら5分で着くはずの公園に、30分以上かかる。(「母は待つ」/飯田琴)。そこにあるのは、効率とは無縁の、ただ「待つ」という母の覚悟だ。

数学者・広中平祐の母も、わが子の「なぜ?」に答えられない時は専門家のもとへ連れていったという。徹底して好奇心を育てる姿にも、揺るぎない覚悟があった。

2歳になったばかりの息子は、服のジッパーを自分で閉めたいらしい。だが、金具がうまく噛み合わない。夕食の準備で手が離せない私に、「まま!じっじ!」と見せに来る。だが、「手伝おうか?」と手を伸ばすと、くるりと背を向ける。自分でできる瞬間を、ただ見ていてほしいのだ(「まま!じっじ!」/上野由樹)。

日本のファーブルと称された細密画家・熊田千佳慕の才能も、幼い彼が美しい蜂の尻に触れた瞬間を、園長先生が止めずに見守ったことから育まれたという。危険を排除するだけでなく、好奇心の芽を信じて見届ける。それもまた覚悟のカタチだろう。

18歳で家を出る約束を守り、巣立った長男。一方、指を欠損して生まれた次男を通して、「普通」とは何かを問い直し、この子にとっての当たり前を知ってほしいと願う母(「いろいろありすぎて」/智原美沙)。

智原さんの文章には、子どもの門出とともに新たな一歩を踏み出す母の覚悟が重なっていた。直接私に向けられた言葉ではないのに、なぜか胸に深く響き、うれしさが込み上げてきた。思わず「報告をありがとう」と返事を送った。

この季節、母たちはそれぞれの覚悟を抱く。このコラムに自らの覚悟を書こうと思っていたが、彼女たちの姿に触れた今、言葉が見つからない。

ただ、生きているだけでいい。大河の一滴。そんな言葉が、静かに胸に残る。

(藤本裕子)

お母さん業界新聞 2026年5月号 百万母力