お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

【母ドラ3期3回目・予習編】今日はお休みします!

新しい年も半月になろうとしています。

クリスマス翌日からの冬休み。

ようやく始まった3学期、と思ったら3連休となかなかペースをつかむのが難しかった今日この頃。

今週に入りリズムを取り戻した感があります。

 

それは子どもも同じなのかもしれません。

 

事件は昨夜のこと。下校するとすぐに、友だちとの約束で出かけると娘。

私も所用で外に出ると伝えると

「近くの公園か森にいるから。だけど恥ずかしいから探したり見に来たりしないでね」とのこと。

「分かったよ~暗くなる前には帰っておいで」

と冷静を保ちつつ、確実に親離れをしつつある娘に少し寂しさも感じます。

(最近専ら、娘の様子に安堵と寂しさの狭間にいる私)

 

17時半、帰宅した娘。珍しく(ほんとーに珍しく)自ら宿題を持ってリビングにやってきました。

「明日、ドリルノート提出なんだって」と彼女。

2学期中、そして冬休み中も何度もやるように進めた漢字と算数のドリルノート。

休み期間、1日だけ漢字ノートを開いていたのを目撃しましたが、「手が痛い」と早々片付けていた彼女…。

今日はたまったページを片付けると意気込んでいます。

 

18時半、あくびをし始めました。雲行きが怪しい…分数のところでわからないと手こずっています。

「ねぇ、これわかんないんだけど」と娘。8分の1の感覚を掴めていないようです。

円を書いたり、水のかさを使って8分の1を書いてごらんと伝えます。

説明するもののピンとはこない様子。

こちらは夕食の準備を始めたい時間。10分以上、うまくいかないやりとりが続きました。

私:「わかった。ちょっとご飯の準備始めたいから、その間にお風呂掃除してきてよ」

と伝えても反応はありません。そのうち自分がわからないことにいら立ったようで泣き出す娘。

私:「泣いててもしょうがないから、まずお風呂掃除してきたら?」

私:「早めにご飯食べ終えて、終わったら宿題やろうよ」

娘:「イヤだ。今やりたい。かーちゃん教えてよ」

私:「今、ちょっと忙しいんだけど。そもそもこの宿題って冬休み中に出てたんじゃない?」

私:「なんで今になってやり始めるの?」

娘:「分数はまだ習っていないよ。だからわかんない」

私:「習ってないことが宿題に出る?」

私:「見通しを持ってやりなさいって何度いったらわかるの?」

こうして文字にすると一方的に私が正論を言い続けていたことがわかりました…

夕食の支度をしていると、娘は10分くらいフリーズしていましたが

お風呂掃除へ。終わると終わっていない宿題も片付けて、夢中のシールノートを見つめています。

「あー宿題やらずに終わっちゃったよ。どうするんだろう」と思いながらもこれ以上、口出しはできません。

学校の取組で21時半までに寝るということで、その後は口数少なく夕食を食べ、

普段はなかなか入らないお風呂へも逃げるようにして入った娘。

歯の仕上げ磨きもスキップし21時には寝室へ行きました。

そして今朝。やり終わっていない宿題に取り組む彼女。やはりわからない様子。

今日はゆっくり出勤の夫に宿題対応をしてもらいました。まだわからない点はあるようですが

一先ず説明を聞いていた娘。やり終えたかはわかりませんが、ギリギリの時刻に夫ともに出かけて行きました。いつもは玄関外に出て、娘が通学路に行く姿まで見守る私。

ですが今日は夫もいる、娘との関係もギクシャク中。

見送りを今日はお休みしました!

今日の母ドラでは「価値観」について学びます。

部下の失敗を

「やってしまった、やらかした」と受けとめるのか

「深く反省しているなら良かったのかもしれない。本人が自分の至らなさをこの段階で気付いたのはいいことでは。今後にどう活かすか、チャンスだ!」と捉えるのか。

物事の受け止め方も価値観の違いから来ているとのこと。

パラダイム効果、自分の持っている価値観、「色眼鏡」でしか物事を見られない。

自分で選択したわけでなく、身についてしまった思考のクセ。

できるだけ正しい、精度の高い思考モデルを身につける必要があるそうです。

いつも大体同じような娘の姿に怒りを覚えてしまう私。

私自身の、そして娘の持つ価値観。それをどうすり合わせるか。

またできることなら未来を見据えた形で現実の出来事を受けとめられるようになるか。

13時からの母ドラが待ち遠しいです!