お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

ただ一緒にいてくれるだけでいい

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息子の喘息の発作からの主人の体調不良、娘まで発熱して

私以外はみんな体調不良

母の私は倒れられない臨戦態勢

何となく私も喉が痛い、熱もある?

いや、「気のせい」でなんとか過ごす。そんなお母さん多いのではないか?

病児保育で頑張る息子を早く迎えに行きたいから年休を使い、帰宅するのだが…

仕事の締め切りも数々溜まり、夜な夜な仕事を行う羽目になる。

限界突破しようじゃないかと、開き直り

なんとか乗り切った一週間。

娘と息子を迎えた帰りにほっとしたのか、帰って何も作りたくなくなった。

戦力外で寝込む夫にはすまないが「何か勝手に食べてくれ~」と言って、

近くにある実家に電話をして、実家でご飯を食べさせてもらうことにした。

「ロールキャベツとお味噌汁くらいしかないけど、いいとね?」と母が言うが、

「食べさせてもらえるなら何でもいいの。とにかく何も作りたくないくらい疲れた。」と言う私。

実家にいくと母が「餃子も食べる?かぼちゃサラダもあるよ!デザートもあるからね~」と

何でもそろっている実家は天国かと思った。

娘も息子もそれなりに食べて過ごす。

娘はきつそうで私にくっつくし、息子も何か要求して泣いている。

でも私には余裕があった。

娘の目をみて、頭をなでる余裕が。

きっと一人だったら、

全てを「自分一人でしなくてはならない」という責任につぶれていたかもしれない。

 

あぁ、やっぱり頼ってよかった。

改めて気づく「子育ては一人でできない」と。

 

 

子どもだから甘えるのは当たり前でむしろ必要

でも、

泣く子どもの声を

だだをこねる子どもの声を

一人じゃ受け止められない時がある。

この世界に自分と子どもだけしかいなんじゃないかと孤独を感じる。

そんな時は、自分の中の脳内ミニチュアが車で遠くまで現実逃避するのだ。(笑)

 

 

ワンオペで、孤独な時に、つらい時に、疲れた時に

だれかもう一人、大人がいるだけで違う。

自分だけでなく、他にその状況を共有してくれる人がいるだけで救われる。

私は実家で英気を養い、

「また、がんばるか~」と思えるのである。

何かの講演で「子どもを育てるのに一つの村がいる」と聞いた。

たくさんの人が関り一人の子どもが育てられるのだ。

社会の家族構成や地域のつながりが変化するなか

たくさん頼れる場所を作り気持ちに余裕をもって子育てしたいと思った。