お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

不寛容社会を実感する最近

1年ほど前のNHKの番組で知った「不寛容社会」という言葉。

ちょっとしたことに過剰に反応し、その場で文句を言う、クレームを入れる、ネットで叩く、などがその例。

今日もスーパーのセルフレジで、おじさんが別のおじさんに「かごを片づけなさいよ、片づけは当たり前でしょ」と注意していた。

正しいとは思う。

けれども正しさがすべていいことではないなと思う。

ちょっとしたことで注意されたおじさんにはモヤモヤが残るだろう。
そのモヤモヤは帰路ですれ違う人や家で待つ家族に怒りとして向けられる可能性がある。

負の連鎖。

今日だけではない。
不寛容社会を実感する。

こんなことを書いている私も、産後すぐから1年前くらいまでかなり不寛容だったと思う。

私の「正しさ」が誰かを傷つけたかもしれないなと思う。

よく出くわす不寛容な人はだいたいは定年を過ぎたあたりと思われるおじさんだ(おじさん=不寛容といいたいわけではありません!)。
想像だが、これまで仕事で成果を出していたのが定年後仕事という評価を失う、もしくは全く新しい仕事に新米として就くことで、「かつてはエラかった!評価されるべき!」という気持ちもあるのかなと思う。

少し前まで、多分私も誰かに認めて欲しかった気がする。

いろんな人がいる。
いろんな想い、いろんな背景、いろんな民族。

みんながうまく折り合いをつけて、
ある程度寛容さを持って生きる社会を目指したい。

※写真は、不寛容社会とは無関係です。私の好きないちごタルト。

6件のコメント

私もおじさん、おじいさん達のいら立ちに出くわすことがありました。
自分のいら立ちを他人に当たることでしか解消できない男社会だった名残を感じるのです。
縦社会で強いものが弱いものへ命じて成り立っていた社会が長かったところへ多様化の到来なんですから。
それに慣れきっていた男たちは現代社会では崩れ行く一方なのを怒っているんです。
女たちの反乱との闘いが男たちの側にもあるはずです。
まさに男と女の折り合いのつけ方の試行錯誤時代からだと私はとらえています。

みっこさん、やはり男性でいら立っている人が多いですよね。
そして若干自分より弱そうな相手にぶつけているのも、納得です。
ここに書いた人も自分よりひょろっとした人へ強気に出ていました。
時代背景は大きいですね。
自分で自分に価値を見いだせていたら、寛容になれるのではと思います。

私も未だに自分が正しい!認められたい!と思っているところがあります(ーー;)でも、それってエゴであり、エゴは自分を苦しめるとヨガの学校で習い、たまに瞑想して自分と向き合うようにしてます。

私も時々顔を出します!認めてくれーと。
やはりいったんその意識から離れるというか、体を動かしたり呼吸整えたりで視点が変わりますよね。
おじさんたちにもヨガが必要かもしれません。

正しい事は正しいのは解っているけど・・・
正しくやらなきゃいけないこともあるかもしれないけど・・・

できることをできる人が、
余裕のある人が余裕がない人に、
手を貸してあげられる世の中だったら
どんなに生きやすいだろう~
そう思います。

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ABOUT US
曽我幸恵
MJプロ│お母さん歴約7年、元・お母さん業界新聞あつぎ版編集長│小1の娘&2019年11月生まれ息子2人の母 神奈川県厚木市在住、茨城県水戸市出身、学生時代住んでいた宮城県仙台市は第二の故郷。 厚木市子育てアドバイザー&ほっとタイムサポーター│ヨガセラピスト│インタビュアー&ライター。 *noteでもインタビュー記事など書いています。 https://note.com/sogasachii *アメブロも時々。https://ameblo.jp/sattsun2525/