「答えがない方が好き!」

下の子が小学校に上がるから、少し手が離れると寂しい気持ちも入り混じった今年の春。
それが一転、新型コロナウイルスの出現で、世界中がパンデミックに。
コロナ休校もあり、3~5月は忙しかった。
(コロナ休校の時期は忙しかったので、振り返って書いてます。)

課題がなく好きなことをして過ごした3月。
少し勉強の要素も入れて、それでものんびり過ごした4月。
学校から訪問があり急に沢山の課題が出た5月。
毎日の課題が決まっており、それをやり忘れると、日々たまっていって、やる事が増えてしまう。
これは、もう学校がある平常時と同じように時間割を決めて、過ごさないとなとなり、母は午前中は子どもの宿題サポート時間とする。

今年1年生になった次女と4年生になる長女では宿題の量も全然違う。
初めての小学校だからちゃんとついてあげたいと思うものの、お姉ちゃんの方に手間取ってる間に次女はさっさと終わらせて、「お姉ちゃんと遊びたい~」とグズる始末。
お姉ちゃんはと言えば、「宿題多い~」とグズグズ。嫌々するので、余計に進まない。

特に算数に時間がかかる。
でも、ゆっくり時間をかけて教えると、「分かった!」という時の表情は本当に清々しい。


こんなのを自分で書くことも。
(ボードは、水のペンで書ける紙です。これを使って、勉強を教えていました。
この時の表情はそんなに楽しそうじゃないけど~。やらせじゃなく(笑)、自分から書いてます。)

勉強終わったら、午後は好きなことをやって良いとしていました。
ただ、算数など時間がかかった時は、お昼を挟んで夕方までかかる事もあり、子どもというより、私が「私の時間がなくなるー」と苛立っていました。お昼から自由というのは、私にとっても必要な時間だったのです。

ある日、宿題終わったら、昼からは長女の好きな図工してもいいよと言ってた。


(次女は課題で、自分の好きな事を描く宿題が。長女には宿題が終ってからと言ってました。)

子どもがやり終わった課題を私が丸付けをしていて、国語で(学校から丸付け用にもらってる)答えがないものがありました。
「あ、さらちゃん、これ、答えないみたいやわ。考え書くだけやから、答えがないんかもな。」と私が言うと、長女はこう言いました。

「答えあったら、絶対間違えない方がいいと思っちゃうから、さらちゃん、答えない方が好きや。
答えなかったら、自分の答え書くだけやから、答えあるよりもっとカンタンなことみたいな感じやから、
それなら自分の考えた答えが人と違う答えでもいいわけやん。そっちの方がさらちゃんは好き!
答えなかったら、自分で考えれるし。」

この子が図工が好きな理由がその時、初めて分かった気がしました。
「だから、図工が好きやったん?」
と私が質問すると、

「だって、絵とかやったら答えないから。
人は違うのんかいて、自分は違うのんかいたとしても、答えないから自分の好きなようにかけて満足。」

私は、図工が苦手だったから、こんな風に思ったことなかったなー。

大好きな絵を描く事を、特別にしてあげたくて、お母さんの水彩色鉛筆を貸してあげると、宿題終わってからは出して来てあげました。

(ただ、これ水彩色鉛筆じゃなかったみたいで、色が全然伸びず。でも、多色なので、それを楽しんでもらいました。
特別に思ってただけで、使ってなかった私もどうなんって感じですが。)

長女が図工が好きな理由が、よく分かりました。

 

4 件のコメント

    • 私も根っこでは答えがない方が好きなんだろうけど、無意識のうちに正解を探す癖がついちゃってる気がします。

      私は図工は、どう描いたら一番いいか考えちゃう方だったんで、なかなか進まなかったですねー。
      いつの頃からだか、頭で考える方が多くなってました。

      子どもの考えてることに、そんなことを考えてたのかーとおぉっとなります。

    • 自由にさせたいけど、全く自由だと、そこが嵐の前の静けさ状態になったりして…。
      色鉛筆はまだいいけど、絵の具はさすがに私が心の余裕のある時に、見守りもってやってます。
      少し前よりはだいぶ汚さなくなりましたが。

      と大人のこんな思惑とは裏腹に、のびのびと絵を描いてる時、子どもは楽しそうです~。

  • コメントを残す

    ABOUTこの記事をかいた人

    戸﨑朋子

    7歳(小1)と3歳の女の子がいます。 子どもが生まれて、今までに感じた事のない気持ちやを感じて幸せだったり、ダメな自分を突き付けられる思いがしたり。 何があろうと思うのは、子どもが生まれて良かった。 色んな思いを綴れたらと思っています。