お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

食べると作る

食ということを考える時、飽食文化に慣れてしまった私達日本人。

反対側には世界で飢餓に苦しむ人たちがいる。

日本だって戦前戦後すぐは飢餓状態だったことを知っている世代は年々減っていく。

私も母から食料事情に苦労した話を聞かされたけれど、私が苦労した経験はない。

漬物をつけたり、にわ鳥や魚をさばく母の姿を知りながら、徐々にお店に依存して

行く時代が高度成長時代である。

働く母であり家事をこなす母に何も手伝いなどしなかった私に対して

何も要求しなかった母。

その姿を見ながら、「ああ、女って大変だな・・・毎日、あんなふうに過ごすなんて。

何より毎日食事メニューを考えて家族のために作る母ってえらいな・・・」であった。

そんな私が結婚したら毎日食事作りをするようになる。

料理本を見るのはなんでかとても好きだったので、料理本を揃えそれを見ながら

挑戦したりするけれど、写真と味の違いにも気が付かされた。

その時言った夫の言葉は「書いてある通りにしたら美味しいはず・・・」

料理をするようになった夫が言った言葉は「少々の意味が分からん。ちゃんと数字で

あらわせないんか?」から始まりこの頃では「調味料の量は同じようにしたら

口に合わんときがある・・・」

やっとわかったか!

いやいや、自分で経験しないことにはわからんよな~であった。

そして2,3日前のこと、久しぶりに娘からのメールである。

「毎日料理を作るようになってわかったわ。

食事を作る人の気持ちが。

文句ばっかり言ってたな~って、お菓子食べてお腹が一杯だからご飯はいらん・・・

今頃なんやけど、お母さんごめんな。」

ここにもいた!

やっとわかったか!って言えないのは私だって同じだったから。

6件のコメント

私も母に今日のはおいしくないなど文句ばかり言っていました。
本当に、自分がやるようになって大変さとありがたみがわかりますね。

曽我さん
コメントありがとうございます。
恐らく娘も同世代ではないかなと思いますが、厚木にお住まいだとか。
娘は会社がそちらにあるようで、新居になって1時間半の距離になったと言っております。

横浜にはお母さん大学があって子どもたちも住んでいて、足を運ぶのが東京より多くなりそうです。

お返事ありがとうございます。

母60代半ば、私は30代半ばです。
娘さんは厚木勤務なのですね!
夫の同僚でもやはり1時間以上かけて来ている方もいるようです。

厚木周辺へいらっしゃる際は、ご都合合えばぜひお声がけ下さい♪

ひょっとしたら私とあなたのお母さんは同い年かもしれないなと思いながらコメントしました。
サマーズさんが日曜日の番組で厚木を歩いていて、娘が働いている場所を感じてみたいと
チャンネルを合わせて楽しみました。
親はこんな風に、子どもたちと離れていても思い起こすのですよ。

お会いできるチャンスが来ますように・・・

これから、娘さんは、ことあるごとに、
お母さんを思い、お母さんに感謝するでしょうね。

あとから、いいことある。

お母さん。

まだまだ時々、勝手な事をいうことがありますが、なぜか甘い母になります。
でも率直で愉快な娘だから昔から怒るより笑うことが多かったのです。

笑いにもいろんな面がありますけれどね。

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