「母子」「加子母」と地名を辿ってきたこの旅。今回は特別編として、名前に
「母」を冠する、江戸時代から続く「安産と子育ての聖地」を訪ねます。
慈しみの母となった「角のない鬼」
冬の澄んだ陽光を浴びて、雑司ヶ谷・鬼子母神堂の本殿が威厳ある姿を見せています。都心にありながら、一歩足を踏み入れれば樹齢700年を超える大公孫樹(イチョウ)が天を突き、静謐な空気が流れています。
本殿の入り口に掲げられた扁額を見上げると、そこには不思議な「鬼」の字が躍っています。本来あるはずの第一画目の点、「角(ツノ)」がありません。かつて人の子を奪う鬼女であった彼女が、釈迦の教えによって過ちに気づき、怒りを捨てて母としての慈しみを得た証として角が取れたという言い伝え。その物語は、間違いを許し、愛へと変える「母の懐の深さ」を象徴しているかのようです。
ザクロの絵馬と合格への祈り
境内を歩くと、鮮やかなザクロが描かれた絵馬が目を引きます。鬼子母神は右手にザクロの実を持つ姿で表されることが多く、その多くの実(種子)が「子宝」や「子孫繁栄」の象徴とされてきました。
受験シーズン真っただ中のこの時期、子どもの健やかな成長を願う言葉とともに、力強く「合格祈願」と書かれた絵馬も多く見かけました。
安産祈願に始まり、成長の節目ごとにわが子の幸せと未来を想う…。母たちの切なる願いは、いつの時代もこの杜に集まり、あたたかく受け止められています。
駄菓子屋のおばあちゃんが見守り続ける笑顔
大公孫樹の傍らで、江戸時代の天明元年(1781年)から子どもたちを見守り続けてきたのが、日本最古の駄菓子屋といわれる「上川口屋」です。
店主の内山雅代さんは、6歳からお店に立って80年間、この杜を訪れる親子を見つめてきました。今年で創業245年を迎える歴史を背負いながら、穏やかに語ります。
「今は雨の日と病院の日だけお休み。今も昔も子どもたちは変わらない。自分でお金を持ってどれにしようか、一生懸命に考え、好きなものを手に入れて、笑顔になる。この先いつまでできるかわからないけれど、元気でがんばらなくちゃね」 。
その眼差しは、そのまま鬼子母神様の慈愛と重なります。ここでは、お菓子一つを選ぶ小さな体験すらも、母のようなあたたかな視線に肯定されているのです。
日々絶えることのない「安産と育児」の祈り
ここには、特定のイベント時だけでなく、安産祈願の「戌の日」を中心に、日々多くの参拝客が訪れます。江戸時代から「安産・子育ての守護神」として信仰され、今も子どもの健やかな成長を願う親たちの心のよりどころとなっています。
境内の茶屋でいただく「おせんだんご」は、鬼子母神の千人の子どもにちなんで名付けられた伝統の味です。店内に鎮座し、穏やかに笑みをたたえる大黒天様を眺めながら、香ばしい団子を頬張るひとときは、日常の慌ただしさを忘れさせてくれます。
鬼子母神の境内には、厳しい教えではなく、命の誕生を喜び、成長を願う「お母さんの体温」のような空気が満ちています。
冬の木漏れ日が照らす石畳を踏みしめ、歴史あるお堂に手を合わせる時。私たちは時空を超えて、誰かを大切に想う心の繋がりに、静かに包まれていくのを感じるのです。

(レポート・青柳真美)
![]()
雑司ヶ谷 「鬼子母神堂」
東京都豊島区にある、雑司ヶ谷・鬼子母神堂。1561年に掘り出された像を祀るこの場所は、江戸時代から安産・子育ての守護神として広く信仰を集めてきた。この日は「手創り市」の開催で特に賑わいを見せていたが、普段から安産祈願の戌の日を中心に、子どもの健やかな成長を願う参拝客が絶えることはない。
手創り市 創造の「創」が紡ぐ縁 雑司ヶ谷・手創り市の魅力
鬼子母神の杜で毎月開催される「手創り市」。この催しがユニークなのは、一般的な「手作り」ではなく、あえて想像・創造の「創」という字を冠している点にあります。そこには、単なる消費物ではない、作家たちがゼロから形を「創」り上げた唯一無二の物語が宿っています。
もともと鬼子母神の信仰と直接の歴史的関係があるわけではありませんが、この場所で市が開かれることには不思議な親和性を感じます。鬼子母神が「命」を慈しみ育む場所であるならば、ここは「表現」を育む場所。作家さんが自らの作品を愛おしそうに語る表情は、わが子を慈しむ親の眼差しそのものです。
この日の境内も、木漏れ日を浴びながら、個性豊かなブースが所狭しと並んでいました。廃材の物語を積み上げた小さなタワーや灯台のオブジェを創り出す「イーモンデザイン」さん、そして「misaki kotori」さんの繊細な作品の数々。どれもが、大量生産の品々にはない確かな体温をまとっています。
つくり手と使い手が言葉を交わし、作品に込められた想いを受け取る。そのやりとりそのものが創造の一部といえるでしょう。古くから安産や子どもの成長を願う人々が訪れる聖域に、現代の感性が溶け合う光景。それは、いつの時代も変わらない「何かを大切に育む心」が交差する、贅沢でやさしいひとときでした。
お母さん業界新聞2月号 MJレポート
































コメントを残す
コメントを投稿するにはログインしてください。