お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

母前と母後。景色が一変!

忘れもしない。15年前に息子を出産して間もない頃、銀行の手続きで駅前へ。

長い切迫早産の入院を経て、産後2週間以内だったと思うので、まだ初産のあれこれが鮮明な時。久しぶりの街中で目に飛び込んでくるのは、

抱っこ紐で赤ちゃんを抱っこしたお母さん!ベビーカーを押すお母さん!

小さい子の手を引いて歩くお母さん、お母さん、お母さん・・・

あの人もこの人もいろんなお産を乗り越えて、こうやって街に復帰しているのか!すごすぎる。

みんな、すごすぎる!

すべての母を尊敬、大拍手の気持ちだった。

それからというもの、母になって見える景色は一変。はじめてだらけの子育てはもちろんのこと、街の公共施設もショッピングモールも、ちょっとした散歩道の揺れる木々も、赤ちゃんが寝ている間にベビーカーで唯一行けたコンビニも。どれだけの贅沢空間になったことか。

母前と母後では、すべてが違って見えた。

そして、それは自分自身もそう。

子どもたちがもう少し大きくなって、いやなものはいや!とはっきり主張したり、ダダをこねた時に、

おぉ!どんどん自分を出しな!良いこと良いことって思えた瞬間、

「ずるいー!わたしはお母さんにそんなにやだなんて言わなかったのに」

私の中にいる小さい私が、もっとダダこねたかったという本音がするっと出てきた時には驚いた。

まさか自分がお母さんになるまで、気づかなかったとは(笑)

知的障害がある自閉症の次兄がいるので、愛情をかけてもらっても、どうしても母の目線から私がこぼれてしまう時があることも、いまになってわかる。加えて、母が前向きで大変さも楽しさに変えていたような人だったから、プラスの面ばかり感じて育ってこられた。

だけど、たくさんの楽しさのなかで、さみしい思いもあったんだ、お母さんに横にいてもらいたかったんだ、という気持ちを追うことができた。

そしてそれをやっと母に言えたことも。母は少し困惑してたけど、「今だから言えるんだよ。同じお母さんになったから、お母さんの大変さがよくわかるし、でもわがまま放題に見えても、こんな気持ちがあったみたい」って。

それから母とは以前に増して、同志のような関係になっている気がする。お互いにお互いを認め合える。

子育ては自分育てとはよく言ったものだ。

私に新しい景色をいつも見せてくれているわが子たち。そりゃいい日もお手上げで闇落ちした日もあるけども、大きくなって、思春期の距離感を感じる時もあれば、私の相談に乗ってくれる時もあり、成長真っ只中な彼らとともに生きる育業15年目はいいもんだ。

これからもいろんな景色を見ていきたい。育業仲間のみなさんとの出会いにも感謝!これからもよろしくお願いします。

*宿題の期限も字数もとっくに越えてますが(ごめんなさい)、自分のために残しておきます。

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ABOUT US
山﨑恵
肝っ玉母ちゃんに憧れる繊細母ちゃん。アメリカで子育てをスタートさせるも、第二子出産後に産後うつになる。あの頃の自分にも、いま同じ思いをしている お母さんにも言ってあげたい。「いろいろあるけど、それでも大丈夫だよ」って。数年前、夫の実家の横須賀にあるカフェでお母さん業界新聞を手にとる。 配ってくれた人がいて、ここにたどり着いたご縁に感謝! このままの「お母さんであるわたし」でペンを持ち、人と社会とつながりたい。いまは地元埼玉県川口市で子育て・自分育ての根っこを下ろし中。 最近はまっているお灸でぽかぽかするのが至福の時。子ども/小6男、小3女