お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

少し分かったかも

長女、今日も高校を休んだ。

長女よ、そのままやと、社会に出てから苦労すると思うよ。

自分の良さは山ほどあるのに、使い方を知らんまま空回りして、評価されんことに腹立てて、「なんで私ばっかり」って言いながら、人のせいにして、じわじわ腐っていく未来。

「このままじゃいけん」って本気で思った頃には、周りとずいぶん差がついている未来。

私には、それが、ちょっと見えすぎる。

……見えすぎるんよ。

分かってる。

こんなこと、親から言われても今の長女には刺さらない。

将来の話?社会?差がつく?

はいはい、ってなるよね。

それでも親って、言わずにいられない生き物やからさ。

今日も結局、言ってしまった。甘えるな!学校さぼるな!朝起きれないなら夜更かしするな!携帯ばっかいじるな!ろくな、大人にならんよ!社会人になれんよ!。。。

でも困ったことに、この手の話は伝えたところで何も直らない未来も、同時に見えている。

なぜこんなにも見えるのか。

それは、それを身をもって知っているのが、

他ならぬ私やから。

今でこそ、多少は分別ついた顔して生きてるけど、学生の頃の私は、まあまあひどかった。

遅刻、寝坊、聞き分けの悪さフル装備。

頑固なくせにメンタルは豆腐。

実力ないのに態度だけ一丁前。

怒られても、

反省したふりをするだけ。

心の中では

「うるさい!ネガティブなことばっかり言わんで!」って逆ギレしてた。

(今は、キレる長女を見て

「そこキレるとこちゃうやろ。

アドバイスありがとうございます、やろ?」

って思ってる自分がおるのに)

そんな私が変わったのは、自分で痛い目を見てから。しかも、だいぶだいぶ時間が経ってから。

だから長女を見ると、腹も立つけど、同時に、ちょっと笑ってしまう。

あー、もう、やめたい。いや、やめにしなければ。長女にアレコレ言うのは今日でやめにしよう。分からせようとする母を、いったん降りよう。そもそも、私の場合、私は教育者じゃなくて良いのかもしれない。

代わりに、長女が転んだあと、

「ほら見たことか!」じゃなくて

「痛かったなぁ」って言える母でいよう。

……正直、

これが一番しんどいんやけど。

自分の中の不安にも、周りからの

「ちゃんとさせなきゃ」っていう無言の圧にも、耐えなきゃいけないから。

ああ、

伝わらない時期もある。

直せないタイミングもある。

それでいいんだと、

今日は思うことにする。

いつか長女が、「あの時のあれ、こういう意味やったんか」そう思う日が来たら、

私は、何も言わずにお茶を出そう。

…ちょっとだけドヤ顔しながら。