お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

タフな私の育児の土台/6月号宿題その1特集

私の育業期間は、3年。

詳しくいうと、息子3年、そのうち娘1年。息子が幼稚園に入れるタイミングまでの期間。

実をいうと、すすんで育業を選択したわけではない。単純に「保育料って意外と高い」と「仕事をしながら心穏やかに育児できる自信がない」というもの。

実際、今思うと、この選択が正しかった。

それは、息子の夜の睡眠。今振り返ると、よくやったなと思う。息子は、出産当初から1歳になるまで、夜は2時間おき睡眠が続きました。20時、22時、24時、2時、4時と正確なくらい2時間おきに、6時にはもう起きていた。特に最初の3か月くらいは、「魔の2時から4時」とパパと言っていたくらい、寝かしつけに何度もトライしていた時間があった。こんな状態で仕事を始めていたと思うと、すごく恐ろしい。

断乳を機に、息子の睡眠は長くなり、私の安眠は確保されていきました。

そして、息子が1歳すぎたくらいに、娘の妊娠が発覚。

妊娠初期から大きいお腹になるまで、8時には公園に行って、息子と一緒にお昼寝して、午後からは児童館。そんな生活をしていた。

娘が生まれて2か月経ってからは、お弁当とミルクと2人を抱えて、朝から児童館。お昼ごはんもそこで食べ、息子のお昼寝のタイミングで帰る。そんな生活をして、さらに1年が過ぎた。

こうやって振り返ると、私の育業期間は、「私をタフにした期間」「私の人間関係を構築した期間」だなと思います。

この3年間があったからこそ、1週間フルワンオペでも、子どものイヤイヤ期も、子どもの別々の園送迎も、俗にいう「大変だね」と呼ばれることは、タフに乗り越えられたと思っている。現在は仕事をしながら、育児をしていますが、働き方も相まって、めちゃくちゃイキイキ育児も仕事もやらせていただいている。大概のことはどうにかなると思っている。

 

そして、「人間関係を構築した期間」。まずは、息子との3年間密な関係構築は、なくては私の育児を語れない。穏やかな性格に育ってくれ、生活の大半を自立してくれている。私が困っていたら助けてくれ、妹にも優しく、彼でなければ私の育児は断念していたといっても過言ではない。お兄ちゃんな面を見かけると、「よかった、あの頃、しっかりつきあってて」と歓喜、感動の涙。

そして、足繁く、未就園児教室や児童館に通っていたおかげで、仲間もたくさんできた。園生活になった今でも、関係が続いている人もいる。スムーズな園生活をきれ、たくさんの人に助けてもらい、心穏やかに育児ができている。

3年間の育業期間が土台となって、今のタフな私の育児があります。

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中平 遼
縁もゆかりもなく、「とりあえず九州行くか!」で2024年に柳川へ移住してきました。 繊細かつコミュ力爆発2歳坊ちゃんと、好奇心旺盛かまってちゃん0歳嬢ちゃんのママです! 兄妹で誕生日が一緒という少しびっくりな状況に! 私は、我が子を推しとして、愛でております笑 「子どもの面白い話や、感動した話を発信したい!」と思いながら、「絵は描けないしな」「文章を発信する場があるのか?」と思いながら過ごして、たまたま出会ったお母さん大学。近況だけでなく、過去にあった話も投稿したいなと思っています。我が家の推したちを見て!笑