お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

子どものためってなんだろう

時々、怖くなる。
私が良しとしていることがかえって良くないのでは、もしくは見当違いなんじゃないかと思えてしまうとき。

息子たちに発達の凸凹があるとわかって
多少学んできたつもりだけれど、

例えば診断をつけたとき
不登校になったとき
苦手なことへの向き合い方とか

周りと違う選択をするたびに
果たしてそれが彼らに合っているのか
良いことなのかなんてわからなくて、

彼らの可能性を狭めていないか
彼らの可能性を信じていないのではないか

そもそも凸凹特性と甘えの境界線もあやふやで
甘やかしていないか
背中を押したほうがいいのか
もしくは厳しすぎて芽を摘んでいないか

大きな決断も
日々の癇癪への対応などの小さなものも
私の対応がいつか彼ら自身の重荷となってしまったら。

発達云々関係なく、どの母にも共通するのかもしれないけれど
もちろん子育てに正解なんてなくて
最善を選び続けることもできなくて

自分のためなのか、子どものためなのか
壁に今、ぶつかっている。