お母さん10周年記念企画 あの時の私③

1年の育児休暇を経て仕事復帰して半年くらい経ったときのこと。

出なかった母乳で悩んでたのもあり、卒乳になかなか踏む切れない自分。でも、『まだおっぱい飲ませてるの?』『夜間授乳なくなったらめちゃ楽よ』の周りの声も重くなり、よし!卒乳じゃー!とトレーニング始めるも、うまくいかない。おっぱいがないと寝ない長女を見て、旦那から『何とかして』と言われるし、静かにさせるために結局また、おっぱいで寝かしたりして定まらない。

そのうち、飲ませてもくわえさせても、すぐに夜中何度も起きる毎日が続き、私も主人も寝不足で疲労がたまり、まぁ、よく喧嘩しました。

最終的に、長女の前で『お前がいつまでもおっぱい飲ませるからじゃー!』『じゃあ寝かしつけるのパパも手伝ってよ!』『俺、母親じゃないけん分からんもん。とにかくおっぱい飲ませるの止めろ!』と大きな声で喧嘩したその夜、長女ふうちゃんは、自分の小さなお手で自分の胸をトントンしながら一人で寝ようとしてまして、その姿に、ひよっこパパママは、反省するわけです。。

ちょうどこの頃、今の秋月という山の中に引っ越し、煮詰まっていた夫婦関係も、卒乳問題も、心機一転!気分新たに仕切り直しができ、中村家のストーリーは続いていきます。

何となく卒乳をしましたが、今度は保育所の登園渋りが度々起きるようになったように思います。

そして、また、このことで、私の心はモヤモヤし始めました。

と言うのも、登園渋りをすると『そうだね。。。ママが仕事ばっかりで、全然一緒に遊んであげれてないもんね。』と負い目を感じ、会社に電話。『すみません。半休ください。。すみません。』と、午前中だけでもと娘と一緒に過ごそうとしたり、事前に有休もらって娘と過ごす時間を少しでも取りました。

だから。。。また、平日の昼間の風に吹かれるわけです。さらに育児休暇中じゃない自分が平日(自分が思うサザエさんのオフネさんみたいな)お母さんができていないから、余計に無い物ねだりで以前よりも、みーーんな!お母さんを満喫しているように見えました。

公園で子どもと遊んでいるお母さん

カフェでママ会しているお母さん

夕飯の買い物を子どもと一緒に※楽しそうにしているお母さん(※楽しそうに⬅そう見えてた。実際自分が子ども連れて買い物となると、楽しいどころじゃない!って思うんだけどね)

2歳くらいから包丁持たせてますお母さん

子どもと一緒に遊びの延長で、洗濯たたんだり、掃除したり、お料理したり、している完璧なお母さん

。。。みんな、キラキラ!日々を楽しんでて輝いて見えました。

半面、自分は、娘を朝8時から夕方6時まで保育所に預け、家も仕事もお母さん業も全て中途半端。復帰すぐは会社の飲み会に誘われていたけど、通勤に1時間半かかる山の中に引っ越したのもあり、次第に誘われなくなりました。仕事の内容も変わりました。

専業主婦になったのをきっかけに収納や整理整頓の資格を取った友達ママ、パーティ料理をサラッと作れるようになった友達ママ、味噌や漬け物を作れるようになった友達ママ、新しい友達や世界を広げた友達ママ、、、。何とも言えない気分でした。

それでも、娘がまた機嫌よく保育所に行き、いつものように自分も出社してしまうと、モヤモヤは薄れて目の前のことに追われてくれます。

かと思えば、娘がグズグズすると、それを口実に、やっぱり私が仕事しているから?家のことできてないから?よし、仕事休もう!➡休んで周りのお母さんを見てなんかモヤモヤする。

を繰り返していました。

娘を見ているようで、娘のことを通して、他のお母さんたちを見て、羨ましくなってたあの頃。。。でも、悩んではなかった。モヤモヤするけど、忙しくてすぐ忘れるし、モヤモヤするけど、幸せなこともたくさん起きて『これで良いんだ』と、納得もした。私はね。でも。。。長女は、モヤモヤしているお母さん、ふらふらしているお母さん、周りを羨んでるお母さんに、なんかモヤモヤしてたんかもしれないな。

今なら、うちの長女の本当の心の叫び、気づいてあげれるでしょうが、、私は、まだまだ気づけなくて、いよいよ、長女大爆発!大暴れ時代が到来します。。。

ABOUTこの記事をかいた人

中村泰子

11、8、5歳の三姉妹のお母さん&サラリーマンしています。パパはモッツアレラチーズ職人で福岡県朝倉市秋月で『ピッツアなかむら』をしています。 お母さん業界新聞秋月版編集長。