逝ってしまった母と認知症の父の愛に包まれた夜

2度目の手術で、父の認知症は進み

昼夜逆転が激しくなった。

夜中に、家に帰る、トイレに行かせてくれ、と何度も同じ問答が続く。

「家に帰らしてくれ。」

「足が折れて手術をしたけん、まだ歩けんがで。ほやけん、家には帰れんで。」

「ああそうか。」

10秒後、

「さあ、家に帰らしてくれ。」

「足が折れて、、、、、、、、、帰れんで。」

「ああそうか。」

10秒後、、、、、、。

夜中、延々と続く問答に、ついに声を荒げて父を叱ってしまった。

「何度言ったらわかるんよ!!足が折れたから、歩けんが!!!ほやけん、家には帰れん!!!!」

認知症だから強く言ってもわかるはずもないのに、寝不足も重なり、イライラがピークに達して、

目を釣り上げ、父を睨んで怒鳴ってしまった。

自己嫌悪の嵐。

ごめん、とーちゃん。

 

「そんなに睨むなや。おまえは、きついのー。

旦那の言うこと、もっと聞いてくれや。」

うん?!

「こんなしんどい時に夫婦喧嘩みたいなことせんでええろが。」

うん??!

「和佐恵よ。わしのお願い聞いてくれや。」

うん???!

 

父は、母と話していた。

44年前にガンで逝った母と話していた。

 

怒鳴ったのは、私ではなく、母になっている。

 

「おまえは、いっつもきつい。ちいとは、わしの気持ちも察してくれや。」

「おまえにも、苦労はさせてしもたが、わしもしんどいがぞ。わかってくれや。」

「帰らしてくれや。」

 

ずーっと、母と話してる父。

 

私の自己嫌悪の嵐が収まっていく。

母が、来てくれた?!

 

ありがとう、かーちゃん。

私の代わりに父の相手をしてくれて。

 

ありがとう、とーちゃん。

私は、怒鳴ってないことにしてくれて。

 

母と話してる父の声を聞きながら、眠りについた。

父と母と一緒に川の字で眠っていた頃の感覚を思い出し、とても幸せな気分で。

16 件のコメント

  • 高木さん なんかスゴイ小説を読んでるかのようでした。でも、これは物語ではなく今、起こっている高木さんの毎日なのですね。

    お父さん、お母さん、まゆみさんの想いや顔が
    浮かんでくるようでした。わたしにはまだ未経験で、
    でもこれから来るかもしれない事実で、
    おそらくたくさんの方が同じような日を送っているのですよね。

    久留米から感謝です。

    • 自分の父は、認知症にならないと、どこかで鷹をくくってました。
      彩さんの言うとうり、おそらく沢山の方が、同じような日を送ってらっしゃるんですよね。
      私は、この夜、初めて、認知症に感謝したことでした。

  • うーーーーーーーーーーーー。。。。。(TДT)。。。。いつも読んでます。。。

    目頭が熱くなりました。。。。

    幸せな日常を過ごすことが、こんな風な再会に繋がるとは。。いやいや、高木さんだからこそ、このように豊に思えるんだと思います。

    そっか。お父様も、今、お母様と夫婦喧嘩しているということは、家に帰ったら可愛い娘、真由美さんがいてくれてる!って思ってるんかもですね。

    あー、私も、家族5人が集える今日という日を、将来思い出して幸せな気持ちになれるようにしよう!!あー、私も早く家に帰りたい。

    • この日より前も、私を母と間違えて
      話しかけてくることがあったのですが、それは、私としては、父の認知症が進んでる証拠のような気がして、その度に、「私は娘の真由美。母ちゃんやないで。」と否定してたんです。
      でも、この日は、違った感覚が私の中に生まれました。
      中村さんの言われるように家にかわいい娘の私がいると思っていてくれたのかなあと思うと、また、幸せ気分になりました。
      ありがとうございます。

  • 私もいつも読んでいます。何と書いたらいいか考えてると書けずで…
    祖父が最後の入院の時、痛み止めのモルヒネで認知症に似た症状になることがあって、やはり骨折もしていて数分おきに「自分でトイレに行きたい、行かせてくれ」「じいちゃんを馬鹿にしてるのか!」と言われました。切ない気持ちでした。
    お休みできるときにたくさん休んでくださいね!

    • うちの父も、「わしをバカにしとるんか。」と言うときもありました。否定しても、伝わらなくて、切なかったです。
      でも、もう、今は、そのやり取りもなくなってます。
      症状が日々変わっていっていて。
      コメント書いてくださってありがとうございます。
      妹と交代したときは、めいっぱい休んで、頑張りすぎないようにしますね。

  • 高木さん、私も読んでます。
    私の祖母は酷い認知症でした。
    息子の父のことを産んでないと言ってました。
    息子の顔も名前も分からなくなり、父も病院に預けっぱなしで寂しい最期でした。
    大好きなお母さん。頭が良くて美人の自慢のお母さんだったのに。
    父もそんな祖母の老いて行く姿とは向き合えなかった。

    高木さんのお父さんとの毎日を書き残すことは、高木さんの子どもさんたちへのラブレターですね。
    愛って何ですかね。
    でも、高木さんからもお父さんからもお母さんからもたくさん愛を感じます。
    ありがとうございます。

    • こちらこそ、素敵なコメントありがとうございます。
      書き残すことは、子どもへのラブレターなんですね。
      そんな風に考えたことがなかったですが、自分が、素敵なことできてる気分になれてうれしいです。

  • 子育ては過去現在未来へと切れてしまったものではないと
    高木さんの介護記事を読みながら思うことです。
    貴重な学びの場所がお母さん大学にあることに感謝です。
    言葉で繰り返すより、「そうだね・・・」と言いながら体をさすってみるのもいいかもしれないなと
    そんなことも想像しました。

  • 高木さん、私もいつも読んでいます。
    私は長らく病院で働いていたので、認知症高齢者に何度も同じ事を言われたり、疲労や寝不足でイライラがピークに募ってつい当たりがきつくなってしまって、自己嫌悪に陥る気持ちが、とてもよく分かります。
    働いていた頃は、大勢の患者さんを相手に仕事をしていたので、切ない気持ちに浸る余裕がなく、ちゃんと患者さんの気持ちに寄り添う事が出来ていなかったな、と高木さんの記事を見ながらいつも反省しています。
    核家族化が進み、施設入所を選択せざるを得ないご家族、入所後も頻繁に面会に来ることが難しいご家族が多い世の中です。自分の気持ちや言葉を汲み取って受け止めてくれる方が常に側にいらっしゃるお父様は、それだけで本当にお幸せだと感じました。
    どうか、どうか、ご無理をなさらないように。
    介護は長期戦で本当に大変だと思いますが、どうか頑張りすぎないで下さい。そして、ご自身の事も大切に。お身体ご自愛下さい。

    • 優しいコメントありがとうございます。
      病院で、認知症のかたに向き合われていたのですね。
      お疲れ様でした。大変だったことと思います。
      父の入院してる病院でも、看護婦さんたちには、とても大変そうで頭が下がります。
      ほんとに、同じことの繰り返しには辛くなります。

      でも、この日以降、私の肩の力がストンと落ちたような気がします。
      頑張りすぎることが、結果、父にも負担をかけた感じです。
      この日以降、昼も夜も寝る時間が多くなってしまった父です。
      お陰で、私は、こうして、お母さん大学にコメントできる時間ができました。でも、静かすぎるのもまた物足りない、寂しい感じのする私がいるのも事実です。

      自分以外の人の気持ちを汲み取る訓練を
      父が私にさせてくれてるのかなとも思いながら、
      父の寝顔を見てます。

  • 高木さんの現実を痛くも暖かく拝読いたしました。 しばらく不登校してましたつみです。
    初めまして かしら。
    年老いて認知に成るのは誰にでもありますね。実母もしっかり者のまんま年老いて、私を手こずらしてくれました。
    我が子を叱る様に厳しい言葉で攻めたこともありました。 そう、子どもと同じく一眠りすると それさえも忘れていました。
    実母と子どもを眺めながら 人生って不思議と涙したことも。
    それも、子どもがいたからこそ前へ進めたことでした。成長しているのですね。実母と私と子どもとが。
    その過程独自のテンポでね。 ありがたい日々でした。 認知があるから死の恐怖が分かるし 現実に返って親子の温もりや家庭の思い出に浸れるのですね。 辛い時は、そのまま泣きましょう。怯えてみるのもいいのでしょう。 そうして 死はそこに静かに待っているのですから。 笑顔が見えたら派手に笑っていいんです。喜怒哀楽が、それぞれの気持ちをほぐしてくれました。
    頑張らなくてもいいんです。 そばにいるだけで。 他の用事は全てお任せしましょう。 また辛くなったらここでお会いしましょうね。

    • つみさん。
      ありがとうございます。
      そばにいるだけでいいんだと思うとすごく楽になりました。

      何とかして、認知症の進みを止めなくてはと焦って焦って気持ちが走ってました。

      辛くなったら、また、登校しますので、よろしくお願いします。

    • 確かに、4年半のお母さん業界新聞作りがなかったら、この夜の
      幸せな気分にたどり着けなかったかもしれないと思います。
      そして、こんなに私を励まし、見守り、共感し、包み込んでくださるお母さん大学生の皆さんにも出会えなかったです。
      お母さん業界新聞とお母さん大学に感謝感謝です。
      藤本さん、ありがとうございます。

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