子どもを守れなかったのは誰と、問う私たち。

母親は、

自分もかつては子どもだったことを忘れ、

 

母親を育てた世代は、

自分も親だった頃の苦労を忘れ、

 

何も知らない子どもは、

冷たい現実ばかり味わっている。

 

虐待のニュースを見るたび、

体がきしむような感覚がします。

 

 

子どもへの虐待が、

今日もどこかの部屋の中

起こっているんじゃないかと

ふと眠れなくなる。

 

 

虐待をしていない母親は、

「明日は我が身」と

今日や明日の、“自分の心のパンク”を危ぶみ、

しっかりしろと、深呼吸をして。

 

虐待のニュースを横目に

こぼした食べ物を拭きながら、子どもを叱りつける。

 

 

まだ暖かいとはいえない日、

ひと月前に産んだ我が子と、やっと外へ歩きに出ると、

「どうしてこんな日に。かわいそう。」と

初めて会った人にそう言われ。

母親にそう告げたその人は、

その後、母親がどうやってその言葉を消化するのか、

知らずにいる。

 

 

雨に濡れる誰かを

自分の傘に招き入れることなく

隣で立っているだけに等しい違和感。

 

 

誰が悪いのでしょう。

誰かだけが悪いのでしょうか。

 

答えを求める必要が、どこにあるんでしょう。

 

 

私たちに残されるのは、

この国の、この世界の、

宝物一人さえ

守れなかったと言う事実だけです。

 

 

私にできることは、

今日も母であることです。

 

それでも尚、未来を育てることです。

12 件のコメント

  • 吉村さん

    一昨日、静岡のお母さん記者の皆さんと会えました。
    10人で、どうしたら虐待がなくなるか、皆で一緒に考えました。

    私は、虐待をゼロにしなければならない。
    ひとりでも心を痛めている子をつくってはいけないと。

    すべてのお母さんが、お母さんになること。

    すべての人が、お母さんの心になれば、
    子どもたちは、笑顔になれます。

    小さなお母さんの吉村さん!
    だから、私たちはペンを持つんだよ。

    お母さんを生きようね。

    • 藤本さん、一番小さな単位の、一番身近な愛が、
      何より大切ですね。

      私がちゃんと子どもと向き合っていたら、
      藤本さんや、先輩方が具体的に動いてくれると思って
      私は私の子育てを歩みます。

  • 虐待のニュースを見るたびに、自分の無力さに苦しくなる。
    苦しいから、ニュースの詳細を、知りたくない聞きたくないと思ったしまう。
    でも、それは虐待された子の苦しさを無視してしまうこと。
    なかったこと、見なかったことことにせず、きちんと知って苦しみ考えることが、母親としての義務なのかななんて思ったりもする。
    って思いながらも、余裕がなくなるとすぐ子どもに当たったりして。
    可愛い笑顔を守らないと!

    • ひろちゃん、また二人で涙ぐんでしまいそう。
      辛いなぁと思うとき、一番近いひろちゃんを思い浮かべたりして、
      もっと頑張ってるだろうなぁと、自分を奮い立たせたり。
      自分が恵まれて子どもといられることにも感謝だね。
      そうだよね、その子の苦しみを、私たちは
      自分の子育てで返していきたいよね。

  • 吉村さんのこの記事、心に刺さりました。
    去年からあれだけ虐待のニュースが取り上げられているのに、
    今月もまたありましたね。
    どうすればいいんだろう、と画面越しに考えながらも、
    自分自身も時々、泣き叫ぶ子供を前にどうしようもなく途方に暮れる時がある。
    虐待と紙一重のところにいるんだろうと感じ、
    ふと我に返って、しっかりしなきゃと自分をいさめる。

    私たちにできること、
    吉村さんのおっしゃる通りだと思います。

    • 天野さん、ありがとうございます。
      私もほぼ毎日途方に暮れています…。
      おっしゃる通り紙一重にいることを感じると
      走馬灯のようにニュース画面が頭の中を駆け抜けます。
      まっすぐに前を向くことで、世の中の子どもに恥じない大人でいたいです。

  • 虐待は伝播するものです。
    きっと虐待した両親も、幼心に受けた経験があるのでは無いでしょうか。
    世の中が殺伐となると他人からイジメを受けます。それも問題です。
    人間は一人前人まえの大人になるまでには時間がかかります。 その為に学びがあるのですが 残念ながら偏差値重視の教育では何かが不足してしまいます。 心にゆとりを持つ大人になる為には、失敗から学ぶしかないような気がします。
    失敗を恐れずに、他人と交わりながら学ぶ教育が 早くから必要なのかもですね。
    考えるキッカケをありがとうございます。

    • 私もそう思います。
      失敗しても良いと思える経験や
      無条件に愛される経験がいかに大切か
      不謹慎ながら、いつも改めて考えさせられるのです。

      こちらこそ一緒に考えてくださりありがとうございます。

  • 私も虐待のニュースが続いた事に切なくなり、今月の地域版の奥付のところに「話は聞くので何かあったら連絡ください」と書いて発行しました。
    きっと相談できる人が、話を聞いてくれる人がいれば、減ってくるんじゃないかと思います。
    少しでも 辛い思いをするお子さんが減りますように…

    • 田村さん、私はその一言がなかなか書けずにいます。
      でも本当にそう思います。
      お母さんにやさしい人も増えてほしい。
      (本当はやさしい気持ちを持ちながら遠慮している方もいると言う意味で)
      何より子どものためにですね。いつだって子どもが輪の中心です。

  • 私も虐待のニュースが最近続いたことに、辛く苦しい気持ちになりました。
    どうすれば無くなるっていくのだろうか…と本当に考えさせられます。
    私自身も、寝不足で辛い時や子どもが何故泣き叫ぶのか分からない時、余裕が無くなっている事を自覚して、ふと境界線にいるのかもと感じる時があります。
    私に出来るのは母として子どもと向き合う事、吉村さんのおっしゃる通りだと感じました。
    励ましや共感の温かい言葉掛けが増えるだけでもホッとしますよね。そんな声かけの出来る関係性を周りの方々と作っていけるよう努力していこう、それが今の自分に出来る事なのかも、そんな風にも感じました。

  • 藤川さん、お返事遅くなりました。
    私も同じです。いつだって目の前は崖っぷちのような。
    でもここでこうやって繋がっていると、後ろでたくさんの人が私を引いてくれている
    そんな気もします。幸せなことですね。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    吉村優

    ◇MJプロ ◇神奈川県横須賀市在住 ◇横須賀支部「みよむら」の“むら”の方 ◇1人娘(16.11生) ◇夫は10歳年上 ◇元 放課後児童支援員・現在は小学校で特別支援学級のサポート職 ◇『お母さんのことはお母さんに聞こう』が私にとってのお母さん大学のキャッチフレーズ