マイ3歳児神話

3歳まで外に働きに出ず、わが子と過ごす。

それは、経済的に大丈夫だからできること。

私は、三姉妹の母親。

それぞれの子どもたちが3歳になるまで、私が家にいたら、約10年間収入が半分以下になる。

くうねるところすむところ

私が整えないで誰が整える?

家族養うのは誰?

私でしょ?ワタシ!

え?パパ?

うちの家は違う。パパ一人の稼ぎじゃムリ。

一番目が産まれて一年間育児休暇取って、仕事復帰するとき、そりゃ泣いた。私も娘も、寂しくて辛くてなんでこんな思いをしてまで離れなきゃならんのか、働かにゃならんのか、そりゃ悩んで怒って泣いた。

でも、決めた。

私は、働く。

そして、娘とおれる時間を、大切にする。さらに、地域活動、お母さん大学活動、自分のプライベートに全力投球。昨日の自分よりさらに今日の自分を充実させる。この暑苦しい闘志で、何度か目を回してひっくり返ることもあるけどな(;A´▽`A💦

いいと。そうやって、命燃やすと決めとるけん。

因みに、3歳までの育児でこんなことを大切にした。

●食うことー家族みんなで食べて、おにぎり一つ食べることでさえ、喜んで美味しい美味しいと食べることを心がけた。

結果ー現在9歳長女より、『確かに。食べることは楽しい。好き嫌いが少ないのは、このおかげだったかも』

●寝ることー布団を優しくかけてきた。

結果ー長女『これされると、本当に幸せな気持ちになって、ゆっくり寝られる』次女『えー?そう?暑いやん!布団、いらん!』

●住むところー地域の方、園の先生、親、親戚、色んな人に可愛がってもらいました。(あえて?)お世話になりました(;A´▽`A

結果ー長女次女『みんなに愛されてる気がする。地域の方から、ふうちゃん、ふうちゃんって名前呼んでもらえて嬉しい』

子育ても生きることも、今の私の身の丈の中で存分楽しみたいから必死よ。仕事しなきゃ家族を養えない。だから、頑張ってます。そんな私に、私は言わない。『3歳まで家にいたがいいよ。』とは。

でも、娘たちには言う。

『子育てに何年間か専念したいのなら、子ども産む前に社会に必要とされる大人になっておくこと。お母さんを経験してさらに成長した貴女たちを、待ってくれる職場環境を作っておくか、職場が変わっても、自分を生かせる強みを持っておいたがいい。3歳までのわが子は、まーじーで!!!可愛くって、ほぉーんと素晴らしいよ✨ずっとそばで成長、見守れるのは贅沢で幸せなことだよー。』

そして、娘たちは私に言う。

『ママ、でも、ふうちゃん、園で友達沢山できたし、色んな先生に可愛がってもらったし、ママは仕事行くけど、家に帰ってくるし、寂しいって泣いたことあるけど、惨めに思ってないよ。』

そして、そして、(仕事を続けると決めたものの)泣き叫ぶ1歳の娘を園に預けて仕事に行く自分に悩み、何もしてあげられないことを嘆いていた私に親友はこう言った。

『大丈夫。何をしたかじゃない。れんちゃんが愛の固まりなら、それだけでいい。愛されてるって子どもたちは感じ取ってる。それだけで勝手に生きてけるから。泣くな。』

親友は、昼も夜も仕事をしていた両親に育てられた。家にほぼ両親がいない。風邪を引いても、ポカリを一本渡されるだけだった。夜中に弟が熱を出した時は、彼女がおんぶをして、もう一人の弟の手を引いて、救急病院に連れて行ったとのこと。そんな彼女が言うんだから、きっと、間違いない。

 

 

 

 

 

 

6 件のコメント

  • 泰子さん、ありがとうございます!
    全部面白いけど
    〉この暑苦しい闘志で、何度か目を回してひっくり返ることもあるけどな(;A´▽`A
    に同じ~とニヤッとしてます。
    私もいっぱい周りのお世話になりながら、かわいがってもらいながら育ててこう!

    • あはは。(  ̄▽ ̄)ニヤッと?あはは。ね、時々ね、頭の中とやりたいことと、やれることがバラバラになってしまいます(笑)けど、止められない。かと思ったら、どーーーでも良くなるかこともあります(笑)

      そうそう。『可愛がってもらう』って、ほーんと、生きる術ですね。うちは、このことを、甘え下手の長女と、甘え上手な次女に教えてもらいました。

  • 中村さん

    本当に、よくがんばったね。
    一時、辛そうなRENさんもいたと思うけど、
    乗り越えたね。

    それは、わが子がいるから。

    ふと、RENさんが、3歳まで仕事もせずに、子育てしていたら
    どうしていたかを想像してみた。
    きっと、畑で野菜をつくり、
    子どももために、服を縫い、
    毎日、子どもたちと真っ黒になって、はしゃいでいたかも。

    でも、仕事復帰したRENさんは・・・・
    なんか、同じようなこと、やっている。

    つまり、仕事をしても、せんでも、RENさんは、
    わが子のために、生きているって、ことじゃない?

    と、勝手に想像してしまいました。

    • あはは。私もほぼほぼ毎日、外に働きに行かんで子育てしてたらって思います。
      うんうん。真っ黒になってはしゃいでる。間違いない!
      え?今もしてる?あはは。正解です。でも、一つ違うのは、子どもたちは、もうしてくれない私が独りではしゃいでるようです(;A´▽`A女の子だからかな?クールになるのが早い?

      ✳️こないだ、畑で裸足になってバーベキューしました。
      そしたら、ふうちゃんから『原始人みたい』と言われました。『土が柔らかくて裸足、気持ちいいよ。みんなも裸足になりーよ』って言ったら、次女から『私たち、もう幼稚園でいっぱい裸足になって遊んできたの。そして、もう、幼稚園、卒園したの』と言われました。。

      今の目標は、体力つけて、元気ガッツあるおばあちゃんになって、孫とはしゃぐことです❗

    • あ!!!!(゜ロ゜;!!学長

      お恥ずかしいっ!そうでした!そうでした!(;A´▽`A(;A´▽`A(;A´▽`A(脇汗が滝)

      ワタシ!へなちょこでしたねー(笑)2012年くらいの旧夢ひろばを読み返したら『おい!なかむら!しっかりしろ!かんばれよ!』って、よわっちい自分に、イライラしますもん。

      そんなとき、藤本さんをはじめ、お母さん大学のスタッフの方や、お母さん大学生の先輩お母さん)仲間や、ミソガールの智子さんに、色々優しくしてもらいました。お母さん業界新聞にも助けられました。しんどいとき、投げてくれたコトバや優しさが、あとからあとから、ジワジワジワジワずっと効いてくるんですよね。

      今じゃ『私の生き方に文句あっか?あぁん?』ってなーんかヤンキー根性が生まれてるんですけど(;A´▽`Aエヘヘヘ

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    ABOUTこの記事をかいた人

    中村泰子

    11、8、5歳の三姉妹のお母さん&サラリーマンしています。パパはモッツアレラチーズ職人で福岡県朝倉市秋月で『ピッツアなかむら』をしています。 お母さん業界新聞秋月版編集長。