ダルゴナコーヒーとルーレット 

朝、韓国好きの長女(中2)が、
韓国で流行っているという「ダルゴナコーヒー」を
私と夫につくってくれるようになった。

せっせと楽しそうにつくる彼女の様子を見ながら、
夫が「なんだか変わったね」と。

このコロナ休みで、
「わたし、思春期ですから」と宣言していた激しい娘が、
なんだか穏やかなのだ。

なんだか弟妹にもやさしかったり、
なんだか進んでお手伝いをしてくれたり、
かえってくる言葉も一呼吸置いている感じ。

でも、思うに。

本人が変わったのではなく、
きっと、これが彼女の本質。

いつも外でいっぱいいっぱいがんばっていることが、
家での激しさに変化しているんだなぁと感じた。

作夜、お皿洗いをしてくれたので「ありがとう」と声をかけると、
「いつもこうだったらいいけれど、私はルーレットだからね」と返事。

素直な気持ちの時もあれば、
イライラすることもある。

うれしくなることもあれば
悲しくなることもある。

一生懸命に生きれば生きるほど、
ルーレットの項目は増え、
激しく回るのかもしれない。

コロナ休みで長女に教えてもらったこと。

みんな外でがんばっているんだなってこと。
だからこそ、感情のルーレットがクルクルまわる。
時には家ではげしくなってしまうこともある。

お手柔らかにお願いしたいけれど、
コロナ休みが終わり、
家で私ができることは何だろう。

まずはみんなのルーレットを
私も一緒に感じてみるところからかな。