お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

次女3歳の誕生日によせて

次女3歳になりました。

子どもってこんなに可愛いんだ、子育てってこんなに豊かなんだと教えてくれている次女。

できないことたくさんあるのに、完璧主義で理想ばかり高かった私を、いったん打ち砕いてくれた長女。

何をやっても自分の思いどおりにならない長女の子育ては、それはそれはしんどかった。

眠れない。泣き止まない。その泣き声がまるで責められているように感じていた。

でも1番つらかったのは、孤独感とありのままの自分を受け入れられなかったこと。

今、子どもたち2人のやり取りを見ていると、喧嘩さえも微笑ましい。(もちろん時々うるさーい!とぶちギレる。)

次女がこの世に来てくれて、日々に彩りが増して、見える世界が変わった。

夢見ていた
“笑顔のお母さん”
“子どもの目線で話をきいてくれるお母さん”

もちろん、しょっちゅう怒るし、目を見て同じ目線で話をきく余裕がないときもある。(というか、そっちのほうが多いよねぇ)

でもそんな、
“笑顔のお母さん”
“子どもの目線で話をきいてくれるお母さん”
を、あの頃より叶えさせてくれている次女。

それは、長女のときの経験があったから。

2人には感謝しかない。

そして、私、よく頑張った!
わが子の誕生日は、お母さんが自分を誉め称え、喜ばせる日。

これを書いている横で、長女が次女の誕生日プレゼントに、と絵本とバックを手作りしている。

「何を想いながらつくりよーと?くーちゃんの喜ぶ顔?」と聞くと、はにかみながら頷く。

私にとって、子育ての醍醐味って、こういう瞬間。目に見えない‘想い’を感じるとき。

誕生日当日は、お弁当を忘れた夫に次女と一緒にお弁当を届け、長女がぶちまけたお茶の後片付けをし、次女のお漏らしを片付け、、、なんだかなぁ、と思っていたけれど、

皆で夜次女に「happybirthday」を歌っていたら、次女のまだ誕生日の概念をわかってるのかわかってないのか、でも嬉しそうな姿に、そんなこと吹っ飛ぶぐらいの喜びが溢れる。

産まれてきてくれてありがとう。3歳おめでとう。