『満月の夜、母を施設に置いて』(藤川幸之助/中央法規出版)には、著者の認知症の母との壮絶な日々が綴られている。数年前に読み終え書棚に眠っていたのに、なぜか再び、私の心に飛び込んで来た、宇宙を感じる一冊だ。
私には介護の経験はないが、母の最期の3か月、病院で付き添った。当時3人目の子がお腹にいた。上に4歳と1歳。子連れで病室に寝泊りする生活は辛かった。
日に日に弱っていく母と、日に日に育っていく子どもたちが時を重ねた。母が逝った日、どこかほっとしている自分がいることが後ろめたかった。だがきっと、孫の声を聞きながら旅立った母は、幸せだったに違いない。
ある夜の出来事。意識が朦朧とする母がベッドからむっくり起き上がり、「蛍が飛んでいる!」と叫んだ。
「(病室に)蛍がいるわけないでしょ」とため息をつく私。けれども本当に、暗い部屋のあちこちで星が輝いていた。
翌朝、母の友人が蛍を差し入れたことを知った。蛍たちが夜中、籠から抜け出して、病床の母を楽しませたのか。今も思う。あれは本当に蛍だったのか、もしかして、母を宇宙に誘う星たちの仕業だったのではないかと。
ーー母は可愛そうだという/子どもも育て上げ/今からゆっくりしようというときに/可愛そうだとみんながいう/いや母は今が一番幸せな気もする/本当の母がここにはいる/いつも周りを気にかけていた母/自分自身をすり減らして/本当の自分を押し殺して/母の体の中で/本当の母はいつも/小さく小さく小さくなって/息を潜めていた/心の襞の陰に隠れていた/本当の母の姿がここにはある/自分の思うままに生きる/天衣無縫の母がいるーー(『満月の夜、母を施設に置いて』「薬」より)
認知症とは、自分がわからなくなるのではなく、ありのままの自分になるということなのか。藤川氏の一つひとつの言葉に母への愛を感じた。
ともに仕事をしているスタッフ青柳のお父さん。御年88歳だが、最近おかしな言動が増えてきた。妻に先立たれてから一人で暮らす、やんちゃな爺。たまに子どもたちに迷惑をかけながらも、なんとか一人で生きてきたが、今年に入り、福祉のお世話になっている。
デイサービスから戻ってくると、娘の青柳に電話がかかってくる。「今帰ってきた。楽しかったよ。麻雀も囲碁もお父さんが一番だよ」。それはまるで、幼稚園から帰った子どもがお母さんに報告をするようだ。日に日に衰えていくお父さんを前に、青柳の気持ちに切なさを覚えたが、この本を読んで変わった。お父さんは素の自分、ありのままの姿に還っているのだと。
お父さんの、母なる宇宙への旅立ちが始まったのだ。やっぱり、宇宙乾杯だね、青柳さん!
(藤本裕子)
お母さん業界新聞6月号より

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