ふるさと久留米を思う 母の記録 ①お母さんは風!

なつかしい家、なつかしい街並み、なつかしい店…
思えば、どのシーンにも、母という存在が、うっすら見える。

離婚し、離れて暮らす父の記憶は、3つほどしかない(笑)。
今、かすかに思い出すシーンには、母の姿ばかり。

子どもの頃、学校から帰ると、50円をもらって駄菓子屋へ。
50円の駄菓子を買うのに、1時間も迷う女の子だったと聞いたことがある。

ある日、日吉町にある聖母幼稚園から帰るバスに乗らずに、歩いて帰った。
そのお金で駄菓子を買う計画だったのだ。

が、ロータリーで、方向を間違え、家とは違う道をどんどん歩き、
歩いても、歩いても、家にはたどり着かず、不安を感じ、泣き出した。
途中、知らないおばちゃんが、交番に連れていってくれた。

楽しかったことは、母との買物。
母と腕を組み、久留米の一番街を歩くのが楽しみだった。

一番街にある長野宝石店によく入った。
そこの店主の顔、何となく覚えている。
今でも、そこで購入した、指輪や時計がある。

着物は、田中屋だったか。
お店の人が、母のところまで、反物を届けていた。

私の服は、一番街の奥にあった、「子ども屋」という高級子ども服の専門店だった。
貧乏なくせに、服や着物、アクセサリーは、本物でないとダメという人だった。

母は、前掛けにつっかけで、どんなお店にも入る。
財布も持たず、前掛けに、現金を入れて歩いていた。

ある日、母は、飛行機を見に連れていくと言って、福岡空港に。
飛行機に感動する私に。

「乗りたい?」と母。
「うん」と頷くと、母はそのまんま、空港のカウンターに行き、
今から乗れる飛行機はありますか?と聞いた。

はじめての飛行機は、宮崎だった。
どんな旅だったかは、まったく記憶にない。
ただ、そのとき母は、前掛け姿でつっかけだったということだけは覚えている。

お母さんは、どんな人と聞かれたら、
迷わず、風のような人と、答えるだろう。

子どもだった私の前に、さぁーっと吹く風。

★写真は、六ツ門、自宅前の池町川にいる亀と白鷺

今年のお盆に夫が久留米に行き、偶然に撮った一枚。
川の中に、亀と白鷺が。

これは、父と母が、家に戻ってきたのかと思えた。
あれだけ、夫婦喧嘩が絶えなかった父と母が、今はなかよく里帰り。

子どもの頃の池町川は、汚い川だったけど、
今では、亀や白鷺が来る美しい川に。

久留米の皆さんに、感謝!

10月号宿題◆特集「ふるさとを思う」