命が一番だって、ちゃんと逃げようって、子どもたちに教えられた

★地震で被害にあわれた方、尊い命を落とされた方、お怪我の方、心よりお見舞い申し上げます。今もガスが止まり、避難されている方や不自由な方がたくさんいます。一日も早い復興と余震がおさまること祈っています★

大阪北部地震の日、私は自宅マンションで揺れを感じた。

幸いわが家は大阪市でも南東の方で被害はなく、あちこち連絡をとるのに忙しくしたくらい。携帯はすぐつながらなくなり、家電やLINE、SNSメールが活躍。グループLINEではみんなで無事を確認し合うだけじゃなく、励まし合ったり情報交換、赤ちゃんや妊婦さんもいて、不安もみんなで分かち合った。

娘は市営地下鉄に乗車したものの発車時刻と地震発生が同時だったためすぐに降ろされ、駅からも出されて帰宅した。もし一分でも遅ければ地下で動けなかったのだろう。

船の仕事をしている夫は海上にいて気づかず、ドッグのクレーンがすごい音を出したのでやっとわかったとか。

千葉にいる息子と無事帰ってきた娘が夫と私のことを心配してくれる。これまでは親が守っていると思い込んでいた子どもたちも大きくなって、親のことを心配するようになったんだ、いっちょまえに。

防災意識バッチリある夫は常に冷静で、息子もそれを引き継いでいる。備えはまだまだ足らないけど。

でも、とりあえず、明日の仕事のことを考えないといけない。社会人の性(さが)。職場に来れない人もいる中、動ける人が動かないと、という意味。朝4時起きで出勤する夫は早目に就寝。私も遅れている仕事のことでバタバタしながら居眠り。

ふと、夜中に目覚めると、廊下にそれぞれの靴と水が置いてある。てっきり夫が用意したと思ってたのに違うと。

娘だった。夜中の余震がこわくてリビングに来たけど、私たちは熟睡してて分かち合えず、友人と「大丈夫?」とやり取りしてたらしい。とりあえず3人分の靴と水を用意しとこ、玄関の電気もつけとこ、と。私の靴、超冬用のもの。「いつも履いてるの、なんか柔らかそうやから、こんなんのがいいかなと思って」と。

生きること、親が教える以上に子どもはいろんな人のおかげで学んでくれてる。社会が育てるってこういうこと。たよりになることを喜びながら、やっぱり大事なんは子どもたちやと思った親ばかだった。

2 件のコメント

  • 地震体験は色々だと実感した今回です。
    事情が各人異なるから。
    余震が30回でそのうち震度4が1回と新聞記事で見たのですが、30回?という数字に思いました。
    恐らく微弱なものまで含めてのことで、私が体感できたのは3,4回です。
    いつものことながら風評被害が話題になってきましたが、それこそ報道関係者の事実に期待したいところ。
    個人の感想はこんな風にネットでできるようになったからこその、報道の事実が問われます。
    災害国日本というレッテルがつくんじゃないかというほどの自然からの仕打ち。
    阪神淡路大震災という大きな経験をしたことは決して無駄になっていないことを感じました。
    ガス会社が自動安全装置を時間をかけて取り換えてくれていたこと。
    我が家もそのために安心でした。
    そしてインフラ関係者は本当に他社などの応援体制もできているようで、復旧作業も行われています。
    次の課題は、出勤者などの判断を今後どのように決めていけるか・・・
    そこは職種にもよりますが、会社内での議論をまずは進めていってほしいなと思いました。
    指揮命令だけを絶対視する場合かどうかを含めて。
    それは原発災害の時にも感じたことでした。
    ちなみに私も今回は家具が倒れないところに、夫と私が寝る場所があります。
    靴と携帯と懐中電灯を置いて寝ていますが、肝心な水を忘れていました!
    今夜から用意します。

  • まだまだ備えは足りず反省ですが、私も阪神淡路大震災のこと思い出しました。みっこさんのおっしゃるように家族の状況が違うし、見直さないといけませんね。当時は長男のオムツとか着替えとか用意してたような‥。もう落ち着いたかと思いきや、昨晩も余震があって、不安が続きますね。

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    宇賀佐智子

    大阪の宇賀佐智子です。26歳長男・23歳長女の母。大阪エリア版を2018年春に創刊しました!子育てが楽しくなる大阪、誰もが子どもたちの未来を考える大阪、美味しい楽しい大阪を目指します♪