理由はハッキリわからないが、1年生の頃から、
息子(小4)にとって、学校に❝毎日❞行くことは当たり前ではない。
1週間まるまる休むというわけではなく
月、火と休んだら、水、木、金は行ったり
前半3日行ったら、後半の2日は休むというペース。
ところが、本人に話を聞くと
「2日休んだら、3日目はなんとなく行かなきゃいけない」
「休んでも、少しは行かないとバツが悪い」
と思っていることがわかった。
本来は行きたくないけれど、そう思っちゃっているから、
仕方なく、重い腰を上げて、しぶしぶ行ってたと言うのだ。
おそらく、誰にでもあることじゃないだろうか。
私にも思い当たることがある。
何か特に言われたわけではないし、
ちゃんと確認したわけではないけれど、
周りの目を気にして、勝手に自分の中で決めごとをして
自分で自分をきつくしてしまっていること
息子は親である私たちや先生、社会の目に
いつの間にか答えようと必死になっていたようだった。
そこで、「無理に行かなくてもいい」と伝え、本人の意思に任せることにした。
休んでいる間におこった出来事は、また別記事で書くことにするが、
それから2週間後の今日、保健室へ登校した。
ランドセルもからわず、上履きだけ持って行ったので、
「ちょっと行ってみた」という感じだった。
保健室までは私も一緒に行き、30分くらい先生と話した。
離れる時は不安そうにしていた。
けれど、
どうだったかちょっと心配だった母をよそに
息子は軽やかな様子で帰ってきた。
「学校どうだった?」と聞くと
「いや、疲れた~」と言いながら
「ママ、一日に取らないといけない砂糖は20グラムなんだけれど、
ファンタとかには65グラムの砂糖が入っているんだって、ヤバイじゃん。
保健室の先生が教えてくれた」
という「食育」と
「テレビを見ている間の1時間は超早いけれど、保健室での10分は長すぎた」
という「時間の感覚の違い」を学んできたようだった。
そして、
「K君と遊んだ。Rとちょっと話した。〇〇だったんだって」
「明日はKの家に遊びに行く」
と話してくれた。
そう、
2週間ぶりに行った学校で息子が学んだこと
それは「学校に行っても行かなくても、友達は友達」という安心感だった。
おそらく、
これからも行ったり行かなかったり、
いろいろだと思う。
けれど、今日のこの感覚はきっと彼がこれから生きていく中で
大切なものになったんじゃないだろうか。
息子のちょっと晴れやかな顔を見てそう感じた。









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今の学校では 必ず経験するのかな。 何のために疲れに行くのか。
躓いたら休まなくちゃ。 軽い疲れで良かったですね。
気付く事も学習です。 お母さんの観察力も素晴らしい。
逞しい成長を見せてくれそうですね。 母親冥利に尽きますね。
もともと感受性が高いんだなって思います。
だからこそ、学校の窮屈さや先生の理不尽さに出くわすと納得がいかなくて、
こどもだから、どう表現するのかわからず、伝えるすべもなく、
「休む」という一番自分ができる方法で伝えてくれているのだと思います。
息子が生き生きといれる場所を見つけてあげたいですー
こどもは子供なりに感じて察して、色々考えるんだな〜
と私も小学生になった娘をみて、思うことが増えました。
「無理にいかなくていい」とお母さんに言ってもらって、ホッと安心したり、勇気づけられたりしてるんだろうなぁ。
無理にいなかくていいと言えるようになるまでにはずいぶんかかってしまったなと思っています。
周りでいつも相談にのってくれたり、話を聞いてくれる人たちがいるからこそ、
学校に行かないことも選択肢の一つだと思えるようになりました。
子どもたちがいつも教えてくれること、これからも大切にしていきたいです~