猛暑の日、ショッピングモールのエレベーターで
4歳くらいの女の子とお母さんと一緒になった。
ふと女の子がしんどそうにつぶやいた。
「ママ暑い…」。
背中越しだったので母娘の顔は見えなかったが、
お母さんは何も言わず黙っていた。
女の子は「ママ暑い…」ともう一度。
それでもお母さんは何も応えない。
3度目の「ママ暑い…」にも母の言葉はなく、
私は、暑さにではなく、無言の空気に我慢がならず、
「暑いね」と小さな声でつぶやいた。
扉が開き外へ出たが、後ろを振り返ることはしなかった。
母親の顔は見なかったが、
やるせない思いでいっぱいになった。
ここでおしゃべりはよくないと返事をためらったのかもしれないし、
声には出さずシーッと口の前でポーズしていたかもしれない。
もしかしたら、つないだ手を握り返していたかもしれない。
そんな可能性を描きつつも、同じ年頃の孫を持つ私は、
子どもの気持ちを思うと、いたたまれなくなった。
そのお母さんは、
同じ空間に居る人の心など想像することもないのだろう。
でももしそのお母さんと「暑いね」と言葉を交わせたら、
密室のエレベーターの異常な暑さも、
少しはしのげたかもしれない。
最近よく思う。
街で出会う子育て中の母親の多くが
目を合わせない、挨拶もしない…。
身も心もガチガチになっているような気がしてならない。
孤立した社会の中で、一人で子育てをがんばっている。
人を信頼せず、人に関わらないことで、
子どもと自分を守っているのだろう。
そんなお母さんに「みんなあなたの味方だよ」
そう言って、抱きしめてあげたい。
昨夏出会った、もう一人のお母さん。
ある日の深夜、
1歳前くらいの子を抱いた女性が、道端で泣いていた。
「大丈夫?」と声をかけると、
こちらが女2人と知ってか、すぐに車に乗ってきた。
1時間ほど車を走らせたあと、事務所に連れてきて話を聞いた。
生活のために風俗で働いたが、そのことが夫にバレ、
暴力を受けたので、サンダル履きで逃げてきたという。
梨をむいてあげると、子どもが欲しがったため、
さらに小さく切って与える姿に、
ちゃんと子どもを育てているんだなと安心した。
最後は実家へ送り届け、
何かあったら連絡してと、名前も聞かず名刺を渡した。
その後連絡はないが、
夜中に一緒に梨を食べたことを、
あの母親は覚えているだろうか。
未来を生きる子どもを、
必死で育てている2人のお母さん。
夏の終わりに、幸あれと願う。

(藤本裕子)
(お母さん業界新聞1909/コラム百万母力)