お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

「答えのない教科」ー 私が小学生の時…

先日、長女(小4)の図工への、ひいては創造することに対しての思いを書きました。

「答えのない教科」- さら先生の授業

なぜ、私が長女の言葉にそれほど惹かれるか。

それは私が小学生の時、図工に関しては、長女と全然違うタイプだったからです。

私が小学生の時はどうだったか。

私は、勉強はするもの、と思ってたからしてたので、勉強はできる方。(自分で言うか。)

図工はというと、個人的にお絵描きするのとかは好きだったけど、図工のテーマが出ると、最初の1時間はずっと考えてるのが通常だった。
何を描いたら一番良いのができるか、一番良いのを作りたいがゆえに、迷うこと、迷うこと。
そして、周りを見て、何を描いたらいいかヒントを探し、いいなと思ったところをちょっとずつ取り入れる。

普段、正解があるのに慣れてたのもあるんだと思う。

だから、迷いなく、好きなように描くさらを見てると見ていて気持ち良い!

この感じをなくしたくないな。

図工は勉強が終ってからなんて言ってごめんと思ったのでした。

絵を描いたり、工作をするのが好きなのは、「答えがないから」という明確な理由も持っていたなんて!

答えが決まってて、答えを出すことが重要視された私の時代。
そんな時代では、周りをきょろきょろ見て、何が正解、一番皆が支持してる答えは何?って探してしまう。

「答えがないと、自分の好きなようにかけて満足」という長女。

子どもって、日常がシンプルだからこそ、言ってる事が核心を突いている事がよくある。

生き方の本質を教えてもらってる気がする。