お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

誕生日に母を想う(お母さん大学の宿題提出‼︎)

親子でお揃いのお洋服だったから、迷子でもすぐに見つかったと母談
親子でお揃いのお洋服だったから、迷子でもすぐに見つかったと母談

北九州市で生まれ育った私。何の制限もなく自由に日が暮れるまで遊んだ幼少期。
探検ごっこをしたり、山肌を削って化石を採ったり、引き潮時には川に入って、足を取られ身動きとず助けられたり、自然が遊び場だった。

さて、お母さん大学生となり、初めての誕生日を迎え、このお題(お母さん大学恒例の宿題)のためペンを持つ。

そう、まず最初に母に謝りたい。

遠くにお嫁に行ってごめんなさい。

「そんな遠くに行かんで欲しい」。と言った母。
「真紀ちゃんが幸せならそれでいい」。と背中を押してくれた父。
今ならわかる、母の気持ち。

それから、たくさんのありがとう。
なんでも手作りをしてくれた母。
初めて食べるおやつもあった。
半ドンで帰宅した小学生だった私は、見慣れないおやつを目にする。なぜか大福の中に苺が入っていた。
今なら珍しくはないが、それは母が作ってくれたいちご大福だった。ありえない組み合わせとうそみたいなおいしさに驚いた。

小学校の修学旅行、別府ラクテンチにて

夜になるとミシンの音が響き、寝付けない日もあった。

修学旅行の洋服とバッグも夜鍋して作ってくれた母
修学旅行の洋服とバッグも夜鍋して作ってくれた母

けど、母が私や姉の洋服を縫ってくれていたのだ。
アップケが唯一無二。可愛いアップリケでお気に入りの洋服たち。

 

でも、ベストを好んで着なくなった私。
ある日、手洗い場で手を洗っていると後ろの男子たちが何やらひそひそ。
それからすれ違い様に、男子たちに「空飛ぶなすび~」。とからかわれることになる。
背中に施されたアップリケは、まさしく、謎のなすびと雲のコラボ。

自由奔放に育った私は、たったひとり上京することになる。引っ越し先でひとりポツン。ひとりぼっちなんて初めてだった。

6畳間に無造作に置かれた段ボール、手も付けず、ゴロンと天井を仰いだ。その瞬間、無性に寂しく、無性に切なく、どうしようもなく孤独に押しつぶされそうになった。涙が止まらなくなって、途方に暮れるってことを初めて知った。

気が付けば、私は受話器を握りしめ、泣きながら母に電話を掛けていた。
優しく慰めてくれると思って。

でも、母は
「なん泣きよるんね、しっかりせんね!!自分で決めてそっちに行ったんやろ。もう泣きながら電話して来たらいけん」。
と電話を切られてしまった。

一瞬で涙も止まり、呆然して、そしてハッした。

そう、自分で決めてここまで来た。何も知らないこの場所に。頼れる親戚もいない。でも自分の幸せのためにやって来たんだ。

目的を見失いそうなとき、母は幾度となく、私に喝を入れ、目を覚まさせた。

甘ちゃんだった私も母となり、里帰り出産では、母の存在にどれだけ助けられたことか。
だから私も娘に安心してお産をさせてあげたい。産前産後のお手伝いをしたいそう切に思う。

遠く離れているけど、今は伝達ツール発達のお陰で、いつも身近に感じられる母。

母と娘の関係はいくつになっても永遠で、今もなお、母に敵うものはひとつもない。

きっとこれから先もずっと。

最後に、在り来たりだけど、生んでくれてありがとう。

 

 

6件のコメント

愛とやさしさのかたまりのような田端さん。やっぱりお母さん譲りだったのですね。
なんとも郷愁を感じるアップリケ。
修学旅行の三点セットは、あの時代でもあり得ないくらい素敵です。
空飛ぶなすびは、なんて創造的なセンスなんでしょう!

田端さんの記事を読んで、私も母を思い出しました。母は、編み物です。
ベストやセーターをたくさん編んでくれました。
わが母も、田端さんのお母様と同様、私が「もうやめようかな」みたいな泣き言をいうと、
「お母さんなら意地でもやるわね」と何度言われたことでしょう。

誕生日に母を想うことができる田端さんは幸せだし、便乗させてもらった私も幸せです、ありがとう。
改めて、お誕生日おめでとうございます!これからも、母の歴史を積み重ねてくださいね。

青柳さん、ありがとうございます。
お母さんを想って書く宿題、この歳になって母の気持ちがわかりました。そんな作業をする機会を与えて下さり、本当に感謝です。
洋服は実家で母が大切に保管してくれていました。青柳さんもまたお母さんを想ってコメント下さり、とっても嬉しかったです。
タイトルにプラスしました。「お母さん大学からの宿題提出‼︎」と。まだ未提出の方は是非‼︎いろんな思い出をまとめるのはとても難しいですが、母との思い出を拾い集め文章にする作業。とても有意義な時間でした。

田端さん、お誕生日おめでとうございました!
実は2日前に読んだんです、田端さんの記事。でも、なんだか胸がいっぱいになってコメントができなくなりました。
私も「なんで出てくかな」と言われた記憶があるからです。
母は偉大ですね。そして田端さんもまた、偉大な母です。
これからもたくさんの記事を読ませていただきたいです。

植地さん、ありがとうございます。母は偉大、そうですね、そして超えられない。
母娘の絆は遠くても、心で繋がっていれば大丈夫なんだなと思うけど、年を重ねると、やっぱり距離は近いほうがいいなぁとも。けれど、私がここ最近いろいろと始めたこと、楽しんでいる様子を知って、一緒に喜んでくれています。これも親孝行かな…なんて。

田端さん、こんにちは。
お誕生日おめでとうございます!

お母様の手作りのお洋服素敵ですね。
あたたかい気持ちになりました。

私の母は、裁縫はあまりやりませんでしたが、スカートを作ってくれて、とても嬉しかったことを思い出しましたけど

青島さん
ありがとうございます。
手作りすること、相手のことを想い、喜んでくれる姿を思い浮かべながら作業する時間です。
自分も母になってわが子のためのそんな時間も、自分が母から受け継いだものだと実感することが出来ています。

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ABOUT US
田端真紀
社会人の長男を筆頭に大学生の二男と長女、看護学生の二女、高校生の三男の5人のワーキングマザーです。長男が自立して6人で横浜に住んでいます。北九州市出身。MJプロ。母フラ、母レレ、母ドラメンバー。みそまるマスター。