お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

〇〇真紀ちゃんのお母さん

仕事終わりのバスの中。ラインチェックをしていたら、母から着信があったことに気が付いた。
それも着信時間はお昼だった。
「どしたの?」
とLINEを返すと、母は「懐かしいびっくりする話よ、電話で話したい」とのこと。
最寄駅に着いて電話してみたら、元気な母の声が飛び込んできた。
近所の商業施設で、母はひとりで靴を見ていたら、ある親子連れの娘さんから声を掛けられたという。
「〇〇(旧姓)真紀ちゃんのお母さんじゃないですか?」
中学生の時一緒だったと話してきたらしく、母が昔と変わらないからわかったと。
母は「マスクしてたのによくわかったよね〜。店員さんとのやり取りが真紀ちゃんと似とったんやか? 店員さんと盛り上がっとったけね」と楽しそうに話す。
名乗ったらしいその方の名前を聞いて、私の脳裏に昔の面影が浮かんできた。
「記憶にあった喋り方が真紀ちゃんと似とったんやか?」と母はびっくりしていたが、昔からコミュ力が高く、誰とでも仲良くなる特技を持ち合わせた母。その場の様子が目に浮かぶ。
その日も店員さんと楽しくやりとりをし、そのやりとりを偶然見かけた同級生が一瞬でタイムスリップ。
「〇〇真紀ちゃんのお母さんと言われたことが、最高に嬉しかった」と母。
いつまで経っても母は母で、私は永遠に娘なんだ。
過去にも同じようなことがあり、近所にできた整骨院の院長が診察後に「〇〇真紀さんのお母さんですか?」と言われたよと、嬉しそうに話をされたことがある。
あの頃から40年も経っていることに驚くが、私はタンスの奥にしまってあるアルバムを掘り起こし、数時間動けなくなったのだった。
そして父母姉の4人の家族LINEのアルバムに懐かしい写真をアップした。
LINEに滅多に返信をしない父から、LINEが届いた。
懐かしい写真、楽しい時代のが沢山よくあったね。良かった有難う、昔を思い出して楽しんでいる。
私からこう返信した。
皆若かったね〜そんだけ年を重ねてきたんだね。
パパとママのお陰で、いい人生を歩んでいます。
今とても楽しいです。ありがとう。