もうすぐ父の日 今年も父と過ごせるかな 80を超えて前はできていたことができなくなったり、
でも父しかできないことがあったり。マラソンランナーだった父、人の数倍早く一生懸命農作業をしてきた父を見てきた
でも最近は歩くのがせいいっぱい。歩くことがものすごくゆっくりになったり、足元が不安定になった。
息子たちが祖父が守ってきた田んぼを手伝うから今年もやろうといってくれた。
田植えするにはたくさんの順序がある。
米作りを決める→泥を用意する→種を種まきの日に合わせて発芽させる→種をまく(泥を用意して水を撒いてと結構大変)
発芽させたら水やりをして育てながら田んぼの準備、田んぼの前の草刈り。田んぼの土を耕して肥料を振る。水を張って、植えることが
できるように田んぼのどろをふかふかにする。
そして種まきをして田植えを昨日!ようやく終了。それからは水の調整がある。たにしに食べられたところを捕植する。。
ざっとあげたところでそれくらいの仕事がある。
まずは田植え。。。二日にわけてのそこに
孫の姿はなかった。4月から7月まで大阪での研修があったり、天候によって田植えを
早めなくてはならず、仕事の都合がつかなくなったりして息子たちがこれなかった。私と父と、不慣れな息子と3人で
人に頼んで田植えをしてもらった。
私たちは端っこを植える 田んぼの中に入って機械で植え切れなかったところを捕植していく。
これまで父ができていたことができなくなって、孫たちもどうしてもできなくなって。父はつらいのかな
さびしいのかな そう思っていた。
田んぼの水は濁っていたけれど、植え終わって私たちが足をいれるころは澄んでいる。タニシがうごいたり、かえるが
泳いでいたり。でもカエルもすくなくなった。
田んぼに足をいれるとわかる。ふかふかのどろ、爪の中にはいっちゃうくらいちいさくなった泥。ものすごく丁寧に
植えやすいように、父が田んぼを「しろあけ田んぼ」にしてくれていたからだ、ちゃぽ、ちゃぽ 水の音
ピーヒョロ トンビの声 土があたたかい。父は田んぼの横ですぐ座って私たちを見守っている。
あぁ どれほど 父はこの田んぼを大事にして私たちを育ててきてくれたのだろう。
今年もここに父がいて、この体でどれほどの時間をかけてやってくれたのだろう・・・
大阪にいる息子に、父がきつそうだからもうやめるように言おうと思うと私が話したら
「それを決めるのはじいちゃんだよ」と
「俺はいつでもいい、今はじいちゃんの手伝いが研修中でできないから母さんの気持ちがわかるようでわからないけど。
じいちゃんがしたいようにして、米作りをしたいなら俺はできる限りやる。お金を払って人に植えてもらっても
じいちゃんが田んぼをしたいというなら手伝う。」
私は父の何をみているんだろう。父の守りたいものはなんだろう 父に寄り添うってなんだろう
母が恋しい。いつもそう思っていた。私はでも父も恋しかった。いつも手をつないでほしかった
怖かった父、人に頼らない父、そんな父が歩くとき、孫たちは手をつなぐ。
かえる時いつも握手する。歩くとき、段差があるとき、誰かが父と手をつなぐ。
私はそれもうらやましかった。父と手をつなぎたかったから。子どもたちをみて私は手をつなげるようになった。
父も私の手をとるようになった。
最近私は思うんだ、手をつなぐのに 遠慮なんかいらないんだって、
断られても
この手で役に立ちますか?って つなごう!っていっていいんだって。
手をつなぐってうれしいんだ
































じいちゃんのたんぼは、永遠にはできないかもしれないけど、
じいちゃんのたんぼで、じいちゃんと、お米をつくってきた孫たちの経験は、
永遠に、子どもたちの心に生きています。
いい孫たちがいて、じいちゃんは、幸せね。