お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

第41話 へそにいます

関東にひとり
関西にひとり
熊本にひとり
長崎にふたり
お空にひとり
同居している子どもがふたり

ぎゅうぎゅうに二つの布団に何人寝てただろう
お風呂は冷めないうちに早くはいって
お菓子の袋はひとふくろあけたら片手を抜いたらもう片方をいれないとなくなるくらいの争奪戦

もーーーー!!けんかばっかり
もうーーーー!おかずはわけてよ!玉子焼きはひとつづつ!
ええ!?麻婆豆腐の中にいれたもやしを噛んだらエビの味がするって???
タオルがない!もう!みんな使いすぎ!!!

そんなワイワイも今はほぼなくなった。
夕食を一緒に食べられることもあたりまえでなくなった。

そしてここにきて私は更年期というものに出会いました。
涙がでたり、なんだが元気がでなかったり、今までできてたりぱっぱと行動できていたことができないかもと
不安になったり。春は特にそうでした。

さびしくなったなあと最近はよく感じるようになりました。
父も年を取るし、年を重ねることのさびしさみたいなものも感じているのです。

先日、性教育をしているときに、同僚のスタッフがおへそにお母さんおるからねというてくれたとき
はっとしたのです。本当だ。
もう会えないけれど、母とつながっていたへそをみて、お母さんはいつもそばにおるとうれしくなりました。

産婦人科看護師の私は、ちいさなちいさなまだお母さんが赤ちゃんの胎動を感じないときから
へその緒ができてお母さんから栄養をもらって動くあかちゃんと出会います
心音がパクパク動いていますように、そういつも思います。

長い妊娠期間を経て、生まれてきた赤ちゃんとそれまであかちゃんを守るためにつながってきた
臍帯が切られ、胎盤と出会うとお疲れ様でしたという気持ちになります。
へその緒を臍帯箱用に切らせていただくときは、どうぞお幸せにという願いをこめて切らせていただきます。

心と体がきついとき、ふと私も私のふかくなった(笑)へそをみながら母とつながっていたのだと思います。
私も子どもたちとつながっていたのです。へその緒がきれても
遠く離れていても、子ども達を思う気持ちはその気持ちは一緒に暮らしていたころとかわりません。

だけど、年を重ねていく私も弱ったときの私も見せたくなくても、もっと一緒にいたくても
体が動かなかったり時間が取れないことがもどかしくもあります。

そんな私の変化に気づく子どもたちは、しおれた私に喝をいれる子もいるし、
「母さん、大丈夫だよ、母さんの子やけん」と安心させてくれようとします。

だから今は毎日は会えないけれど、いつかあえなくなっても

子どもたちからは母さん怖!と笑われるけれど
なんかつらいとき いざというときはへそをみてね おへそに手をあててよ
母さんがいつでも見守ってますって伝えます。苦笑いしながらへそを見てる子どもたちと笑う時間が幸せでもあります

何もできないけどただただどうか元気でいてと願っています。
できる限り、お弁当をつくって、できる限り働く。
今の私にあらがわない。それでいいって子どもたちが伝え続けてくれるから。

私の深いへそに手をあてながら
私は母のぬくもりを思い出します。
お母さんもこうやっておなかにいる私に
手を当ててくれていたのかもしれないな

私を大きくしてくれてありがとうお母さん わたしを産んでくれてありがとう

※さすがに深いへその写真はアップできませんでした