お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

6月9日、青年座さんのお稽古場へ、MJ仲間3人組で見学に伺いました!

6月9日、青年座さんのお稽古場へ、MJ仲間3人組で見学に伺いました!
今回のお芝居は井上光晴氏の小説が原作の『明日』。
時は昭和20年8月8日、長崎です。
そう、長崎に米国よりファットマンが投下された、その前日が舞台です。
本番では、お芝居とともに、ピアノ・バイオリン・チェロの生演奏で!!ベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴」の2楽章が奏でられるそうです。
(これはわたしも音楽科の学生時分に随分勉強した思い出深い曲!みなさんもお耳馴染みの曲だと思います)
わたしは学生時代、演劇の勉強を少ししました。お芝居はわたしには心理的負担が大きすぎて、お芝居から逃げるように諦めました。(苦笑)
MJ記者になってからは、丸木画伯ご夫妻の「原爆の図」を舞踏化する舞踏家、和泉舞さんの舞台の音楽を何度か担当させて頂き、舞さんとヒロシマ・ナガサキの被爆者の方のお話を伺って歩いたりもしました。。
今はミュージシャン(寄席の音曲師ですが)として日々音楽をしています。
そんなバックグラウンドからのぞいた、青年座稽古場見学記、どうぞお付き合いくださいm(_ _)m
さて、わたしは演じるのは苦手ですが(笑)お芝居の稽古場は大好きでした。
芝居や役をイメージして自分を打ち破って(わたし、内気なので)表現の塊になっていくのはわくわくします。
劇団・チームによってお芝居の作り方はちがうのだろうと、想像しますが、
青年座さんは何年か前に「ブンナよ木からおりてこい」を拝見してハートをわしづかみにして頂いてますので、興味津々です!
稽古場に入り、皆さまにご紹介頂いてご挨拶して、早速お稽古開始。
5月下旬から本読みをされて、立ち稽古は始まったばかりだそうですが、稽古場には住居を思わせる壁のような大道具がたくさん置かれ、中央には回り舞台を示す囲いも置かれています。
そして俳優の皆さんはすでに台本をお持ちでなく、流暢な長崎弁のセリフをもう覚えておられていました。
10人ほどの俳優さんが出入りや場所をチェックされているのを拝見していて、
俳優さんて、一体どんなことが好きな、どんな考えかたをなさる方たちなんだろう、、と、
寄席で育ったわたしはその辺も気になります。
寄席は落語など個人芸(多くても漫才・コントなどで2〜3人)が多いですが、
お芝居は大勢でなさるので、新人さんからベテランの方まで同時に舞台におられます。
すると、声の出し方や抑揚で、聞きやすい、わかりやすい、伝わってくる喋り方、というのがよくわかり経験を積んでいくと表現力が練られていくんだなぁと、時間の経過を心強く頼もしく感じました。(今はへたっぴでもわたしもたゆまずお稽古積んで腕磨くぞー!とね^_^)
青年座さんでは、このお芝居は30年前に上演されそのあと劇団の本公演としては久しぶりだそうです。当時の演出、鈴木完一郎氏がお亡くなりになったため、前回の公演に参加されていた山本龍二氏が演出補としてリードされます。
あらすじや、登場人物などは、ぜひ原作の方もお読み頂きたいと…(わたしもこれから読みます!)思いますが、
青年座さんではひとつのお芝居をおよそ40日の稽古期間で仕上げ、本番を迎えるそうです。
40日、お母さんはトツキトオカ、また、落語に三味線や鳴り物を入れるハメモノなどはもう古典でできるのが当たり前なこともあって、本番当日の合わせだけ、が珍しくないので、、
40日が長いのか短いのかわたしにはわかりませんが、、これがちょうど良い期間だそうです。(たしかに短すぎたらキツイですし、長いとダレそうですし)
2時間程の見学後、福永亜矢役でご出演の小暮智美さんにお話を伺いました。
お稽古場で拝見していた時も、小暮さんのしゃべっておられたシーンは、まだ立ち稽古はいったばかりでもうこの迫力か〜!?と胸が熱くなっておりましたので、木暮さんのお話伺えると聞いて小躍りして喜ぶわたくしです。
衝撃的に伝わってきたのは、青年座俳優としての
このお稽古40日間の大切さ、
というより愛おしさでしょうか。
もう今の時点で覚えてしまっているセリフですが、それをふくながあやの言葉として、できるだけ深いところから表現できるように、肚の中へ少しずつ少しずつ落としていくこと、動きの中にもそのお芝居が持つ世界をより深く表現できるものを探し続けていく、40日間がもうたまらなく大切であるという熱い想いに、わたしは素直に感動しました。。福永亜矢としての真、「明日」という作品の世界のまことを追う飽くなき探究心。
そのためには稽古場での稽古はもちろんですが、参考資料を探して読んだり、外へ出かけて行って
役の心を追う、その役をより深く表現するためになら何でもします!と迷いなく澄んだ瞳で語られる小暮さんにわたしは惚れました。
というか浄化されました。
あの日、長崎で起こったこと、
世界で唯一原子爆弾が投下された日本で、
それまでそこにどんな喜びがあり人生があり人間模様があったのか、
そしてそれが一瞬にして消されたことを、
わたしたちは結果を知りつつお芝居で追体験します。
わたしたち観客だけは彼らの「明日」を知っている、のです。
末期の目、という言葉があるそうですが、、、
自分が死ぬ瞬間から今いる自分を眺めた時、
生きている時間の愛おしさは100倍1000倍になるのではないか、と思います。
舞台の上で登場人物が一生懸命生きていればいるほど、翌日の「明日」の無残さが際立つことでしょう。
わたしたちひとりひとりが精一杯自分の人生を生ききること、これ以上の幸せはなく、またこれが残虐極まりなく中途で絶たれた時、これ以上の悔しさはありません。
それがどれほど酷いことなのかを、人が想像できなくなった時、悲劇が起きるのではないでしょうか。
わたしたちは5分後の未来を知りません。
ただ、なんとなくこのまま続くんだろう、と漠然と、しかもそれを当たり前と思っている。
でも5分後のことでさえも本当はわからないし、
実は百千万の選択肢があります。怒るのか笑うのか恨むのか喜ぶのか、実際自由なはずです。
つい感情に引っ張られてこどもに八つ当たりするのも😱、こどもの瞳をみつめてこころを想像するのも自由かもしれないけど、できたらこどもたちの心に寄り添いたい。それにはやはり習慣に流されない強さや、状況を判断する智慧が必要かと思います。
こどもたちの瞳は、親役を賜ったわたしたちにそれをいつも教えてくれている感じがいつもします。(本当は感じていても、見ないふりをしてしまう弱い自分もあります。)
お芝居を見ながら、自分の時間(まさに命)を愛おしく思える体験をご一緒しませんか?
悲しくつらいことはできるだけ避けたいと、わたしは常々思ってしまうのですが、、、
稽古を拝見して、それも、明日からの人生をより強くしなやかに生きる糧となることと思えました。
わたしたちの明日をより愛おしいものに!
平和・幸福への祈りを、青年座さんの熱いハートとともに深めませんか?!
公演を拝見するのがとてもとても楽しみです。
ご一緒してくださる方、ぜひご一報ください❣️
チケット¥5,000→¥3,500になるそうです!
青年座URL
お母さん大学サイト